③
勇者パーティーのメンバーのうち、ユウジ、レナ、シノンの3人は10代の高校生である。しかし、カゲヒコだけは20代後半の青年で、日本の企業に勤めていた社会人であった。
「・・・なんじゃと、今なんと言った?」
勇者パーティーで一番の年長者であるカゲヒコが言った言葉に、国王は眉をつり上げた。静かに怒りを露わにする国王に対して、カゲヒコはまるで恐れることなく無礼を重ねる。
「茶番だって言ったんだけどな? 年寄りは耳が遠くていけない」
おどけたようにカゲヒコの言葉に、ざわりと騎士達がどよめき立つ。
仕えるべき主が目の間で批判されている。そのことに怒りの声が口々に上がる。
「賢者クロノ! 国王に対して無礼であるぞ!」
騎士団長がカゲヒコに向けて叫ぶ。その表情には憤怒が浮かんでおり、今にもカゲヒコに向けて斬りかかろうと右手に剣を握っている。
「そんなこと言われてもなあ。すでに国王との契約は終わっている以上、敬う理由がないしなあ」
「契約だと、何の話だ!?」
騎士団長が眉をひそめて問い詰める。カゲヒコは肩をすくめて、
「こっちは魔王を倒す。そっちは俺達をもとの世界に帰す。そういう契約だよ。そっちがその契約を破棄した以上、これで俺達の付き合いはお終いだろう?」
カゲヒコは両手を広げてヒラヒラと振る。道化のようにふざけた仕草に、馬鹿にされたと感じて、騎士団長が顔を真っ赤にする。
「俺はしょせん、サラリーマンだからな。契約を守らない相手に無償で奉仕してやる筋合いはない。俺はあんたらにも、この国にだって忠義や義理もないんだから」
「ふむ、つまり賢者クロノは隣国との戦争に反対するという事かのう?」
今にもカゲヒコへと斬りかかろうとする騎士団長を手で制して、国王がカゲヒコへと確認する。
声色こそ穏やかな口調を装っているが、皺の目立つ顔には明らかな怒りと屈辱が浮かんでいる。
「そういうことになるな。次の契約を結びたいのなら、まずは先に結んだ契約を果たしてもらわないと。一度、結んだ契約を平然と破棄するような取引先は切らせてもらいたいね」
かつて、この世界に召喚されたときの事をカゲヒコは思い起こした。
あれは通勤途中のバスの中でのこと。その日のバスは珍しく空いており、カゲヒコは高校生3人組の隣の席へと座ることができた。
しかし、座席に腰掛けた瞬間、4人の足元に幾何学的な魔法陣が浮かび上がり、次の瞬間にはこの世界へと召喚されていた。
高校生だった他の3人と違い、カゲヒコは企業勤めの社会人である。
社会人として働いていたクロノにとって、ろくに報酬も支払わない雇用主の下で働くことも、自分達に非があるのを認めずにこちらにばかり譲歩を押しつけてくる契約主とも、関わる気にはなれなかった。
「異世界に来てまでブラック企業とかやってられねえよ。労働組合を呼んで出直してきな」
「・・・そうか、それでは仕方がないな」
カゲヒコの非難を受けて、国王の顔から表情が消えた。
国王は懐に手を入れて、20?ほどの長さの錫杖を取り出す。それを勇者パーティーへと向けてかざした途端、4人の身体に正体不明の圧力がかかった。
「ぐっ・・・」
「なに、これ・・・」
4人が次々に膝をつく。ユウジは【勇者】のスキルを発動しようとするが、うまく発動できなかった。
「ほっほっほ、忘れたか? これはお前達が魔王城から持ち帰ってきたマジックアイテムの一つ、【魔封の王錫】。目の前にいる者達の魔力を封じることができる道具じゃ。いかに勇者とその仲間達と言えども、魔力を封じられてしまえば案山子と同じよ。
騎士団長! その者達を牢に放り込んでおけ! 一月もしつけをしてやれば、素直に儂のいう事を聞くようになるじゃろう!」
「承知いたしました」
勝ち誇ったようにニヤニヤと笑う国王。同じ表情を浮かべて、騎士団長と数人の騎士達が勇者パーティーを拘束しようと近づいてくる。
「く、そ・・・みんな・・・」
「だめ、逃げれない・・・」
「うう・・・」
絶体絶命の状況に、ユウジたちの表情が絶望に歪む。騎士達はその表情を愉しむように、あえてジワジワとゆっくり4人に近づいてくる。
「ん?」
しかし、騎士達はふと足を止めた。勇者パーティーの中で、一人だけ絶望の表情をしていない者がいた。
「・・・12・・・11・・・10・・・9・・・」
賢者クロノ・カゲヒコである。勇者パーティーで一番の年長者である彼は、他の3人と同様に膝をつきながらも、何かの数字をカウントしていた。
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