②
「金がない」
「・・・いったい、なんの冗談でしょうか?」
突然、カゲヒコが口にした突拍子もない言葉にサーナは訝しげに返事をする。
彼らがいる場所はかつてサブロナ城と呼ばれた場所。現在は怪盗シャドウのアジトとなっている廃城だった。
その中でもカゲヒコが「コレクションルーム」と呼んでいる部屋には、怪盗シャドウが大陸のあちこちから盗んできた金銀財宝、芸術品の山にあふれかえっていた。
これだけの宝の山に囲まれていながら「金がない」とは、嫌味を通り越して頭がおかしくなったとしか思えない発言である。
「いや、アジトの維持にこれだけ金がかかるとは思わなかったんだよ。マイホームって大変なんだな」
サブロナ城を手中に収めてから1ヵ月が経過した。もともとはアンデットが棲まう悪夢の巣窟であった廃城はすっかり修繕されている。
魔法で修繕できる箇所はカゲヒコが魔法で直したのだが、どうしても金をかけなければどうにもならない場所が多々あった。古くて使い物にならなくなった家具や調度品も買いなおしたせいで、カゲヒコの財布は底をついていた。
「だったらそこにある財宝を売ればいいじゃないですか。盗品ですけど、闇ギルドだったらお買い上げできますよ?」
「安値で買いたたくつもりだろ、よく言うぜ」
カゲヒコはうんざりしたように表情を歪めた。
「売れるものはとっくに売っちまったさ。ここにあるのは思い出の品というか、俺にとっては手放しがたい宝ばっかりなんだよ!」
「ふうん、男性ってどうしてこんなにロマンチストなんでしょう。思い出なんかよりも、すぐに使えるお金の方が大事じゃありません?」
「そこまでドライになれるのなら怪盗なんてやってない。リアルよりもドリームを選んだからこんな不合理な仕事やってんだよ」
「まあ、いいですけどね・・・・・・そういうことでしたら、面白いお仕事がありますよ?」
サーナはソファに腰かけて、話を切り出した。
「なんだよ、闇ギルドの仕事だったら間に合ってるぜ」
「今回は違いますよ。カゲヒコさんは「千年鯨」というモンスターに聞き覚えはありますか?」
「・・・聞いたことはあるけど、見たことはないな」
千年鯨――それはこの世界の海に棲む最大級のモンスターの名前である。
その名の通り何百年、何千年もの年月を生きているといわれるそのクジラは島のように巨大な体を持っている。普段は海底で生活をしており、人の目に触れることはほとんどないのだが、10~20年に一度のペースで海面近くまで上ってきて魚や海生モンスター、ときに船などを襲う習性があった。
千年鯨が上がってくる年は食い荒らされて魚の漁獲量が激減してしまい、また、襲われるリスクから遠洋に漁に出れなくなるという漁師にとっては目の上のタンコブとも呼べる迷惑なモンスターである。
「その千年鯨がこの間、現れたそうですよ。とある大商人の船が襲われて、まるごと飲み込まれたとか」
「ふーん、討伐クエストなら受けないぜ。そこまで真面目に冒険者はやってない」
「そうではなくて、その船には商人の財産である多額の金塊が運ばれていたみたいです。金塊ももちろん、クジラのお腹に収まってしまったとか」
「ああ、なるほど。そういう話か」
つまり、クジラのお腹の中から金塊を盗み出しやればどうかと。
「悪くないな。クジラだって消化のできない物をいつまでも腹に入れておくのは苦しいだろう。こう見えても動物好きなんだ、助けてやるとしよう」
次の標的が決まった。
目的の場所は千年鯨の胃袋。獲物は胃袋に刺さった魚の骨・・・もとい、飲み込まれた金塊だ。
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