「やれやれ・・・どうやら飲まれちまったみたいだな」


「うにゃあ・・・やられたにゃ・・・」


 千年鯨に飲み込まれて、俺とノノは胃袋の中へと納まってしまった。

『海竜殺し』によってデーモン・クラーケンを仕留めることには成功したが、その代償はあまりにも重かった。


「脱出は・・・難しそうだな」


 転移魔法を発動させようとするが、魔法自体が発動しなかった。

 たまにあることなのだが、特殊な結界が張られている場所や聖域、魔窟などの大気中の魔力が強い場所では、転移すること自体できないことが多々あった。

 どうやら千年鯨の体内もクジラが持っている魔力量が大きすぎるあまりに、転移が阻害されてしまうようだ。


「この感じだと【怪盗】での壁抜けも難しそうだな・・・絶体絶命っぽいな」


 とりあえず補助魔法をかけて、自分とナナ、船を保護しておく。これで胃酸に解かされるという最悪のバッドエンドは回避できるだろう。


「うう、お母さんとご先祖様たちに申し訳ないにゃ・・・私も千年鯨を味わうことなく飲まれてしまうにゃんて・・・」


「あー・・・ショックなのはわかるけど、とりあえず脱出の方法を考えないか?」


「うにゃー・・・」


 ノノのネコミミと尻尾はふにゃりと垂れ下がっている。落ち込んでいる船長の頭を撫でつつ、カゲヒコは周囲の様子を観察する。


 島のように巨大な身体を持つ千年鯨の胃袋は、ちょっとした湖くらいの広さがあった。

 辺りにはマストの折れた廃船や魔物の骨、大きな岩石まで漂っている。船の残骸の中に骨になった船乗りの骸を見つけて、カゲヒコは両手を合わせた。


「さて、と。とりあえず試してみようかね」


 第4階梯魔法【炎熱方陣フレアフィールド


 カゲヒコの手から放たれた巨大な炎の塊が千年鯨の胃袋を内側から焼く。しかし、炎はすぐに胃壁の内側の粘液に消されてしまい、焦げ一つできていない。


「うーん、力技での脱出は難しいみたいだな。そうとなれば・・・」


「にゃにゃ! カゲヒコ、あれを見るにゃ!」


 意気消沈していたノノが突然叫んだ。船から身を乗り出した彼女が指差す方向を見て、カゲヒコも目を見開いた。


「あれは・・・ランプの明かりか?」


「間違いないにゃ!」


 そこにあったのは遠くでユラユラと揺れる人口の明かりだった。

 船を動かして近づいてみると、マストにランプを括りつけた一隻の漁船があった。カゲヒコ達が乗っている船と同じサイズの船はあちこちに損傷がみられる。おそらく、クジラに飲まれたときに壊れてしまったのだろう。


「なんで胃液の中で平気なんだ? 何かのマジックアイテムの効力か?」


「うにゃ、随分と昔の型の船にゃ。百年以上も前のものにゃ」


 カゲヒコ達の話し声が聞こえたのか、ガチャリと船室の扉が開いた。

 身構えるカゲヒコの前に出てきたのは、ノノと同じようなネコミミを生やした獣人の女だった。


「にゃ、また誰か来たのかにゃ?」


「にゃにゃ! お母さん!?」


「は!?」


 獣人女性の姿を見たノノが叫んだ。

女性が出てきた船に飛び乗って、母親と呼んだ女性の胸へと飛び込んだ。


「お母さん! 無事だったのかにゃ!」


「にゃ! ノノなのかにゃ! あなたまで飲まれて・・・!」


 どうやら母親で間違いなかったらしい。獣人女性はノノの身体を抱きしめて涙を流す。


「あれが何年か前にクジラに飲まれたっていう母親か。よくぞまあ、無事で・・・」


 親子の感動の対面を見守りながら、カゲヒコは感心したように溜息をついた。

 まさか千年鯨の胃袋の中で何年も生き残っているとは思わなかった。驚くべき生命力だ。


 しかし、驚きはまだ終わらなかった。


「にゃー、誰が来たのかにゃ?」


「おお、新しい子供が来たにゃ!」


「にゃにゃ! まさか孫の顔が見れるとは思わなかったにゃ!」


 ぞろぞろと船室の中から獣人が出てくる。

 ネコミミと尻尾を持つ獣人達はみんなノノとそっくりの容姿をしている。


「えーと・・・なんだこれ?」


 ノノも合わせて5人になったネコミミ女性の一団を見て、カゲヒコは顔を引き攣らせて天を仰いだのであった。

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