「猫じゃないにゃ! 私は獅子獣人にゃ!」


「いや、君の毛、真っ白じゃないか」


 というか「にゃ」とか言ってるし。

 少女の白いショートカットの上には同色のネコミミがある。どう見ても白猫の獣人にしか見えなかった。


「気にしてることを言うんじゃにゃい! ホワイトライオンの獣人だからしょうがないのにゃ!」


 そう言って、少女はパタパタと尻尾を動かした。たしかに少女の尻尾は細い尾の先にブラシのような毛が生えていてライオンの尾のように見えなくもない。


「えーと、君が漁師のノノちゃんでよかったかな?」


「そうにゃ。おじさんは誰にゃ?」


「おじさんと呼ばれるほど年は喰っちゃいない。俺はカゲヒコ。冒険者をやってる」


 カゲヒコは顔をしかめた。30間近の年齢のカゲヒコにとっては気になる呼び方である。


「君が千年鯨について詳しいって聞いてね。話を聞かせてもらいたいんだが・・・」


「なんにゃ、冒険者さんは千年鯨を追ってるのかにゃ? あれは冒険者に狩れるような獲物じゃないにゃ。帰った方が良いのにゃ!」


 ライオン獣人――ノノはピクピクとネコミミを動かしながら言った。


「私の一族は代々、千年鯨を追っているのにゃ。だけど、私のお母様もお祖母様も、曾祖母様も高祖母様もみんな千年鯨に挑んで飲まれてしまったのにゃ!」


「四代も前からクジラを追ってるのか! しかも飲まれてるって・・・」


「漁師の宿命、同情は不要にゃ。私にできるのは母様たちの遺志を受け継ぐこと。千年鯨に挑み続けることだけにゃ!」


「・・・まるで『白鯨』に登場する漁師だな」


 日本にいた頃に読んだ有名文学を思い出してカゲヒコは嘆息をした。たしかあの本に登場する漁師は、クジラに足を食いちぎられてその復讐のために人生を捧げたのだったか。


(最後はクジラに飲まれて海の中に消えていくんだったか? この娘はそうならないといいんだが)


「ノノは今からクジラを獲りに漁に出るのにゃ! 冒険者さんは帰るのにゃ!」


 そう言ってノノは船へと乗り込んでいく。カゲヒコも白猫の後ろをついて船に足を踏み入れた。


「にゃ!?」


「俺も手伝うよ。仲間と旅をしたときに船の扱いは覚えてる」


「何言ってるのにゃ! 危ないにゃ!」


「そう言うなよ。どうせ他の乗組員はビビッて船を降りちまったんだろ?」


「にゃ、何でわかるのにゃ!?」


 この船はどう考えても一人乗りのヨットではない。動かすのには少なくとも5,6人の人間が必要な中型船だ。

大方、千年鯨という無茶な獲物に挑むということを聞いて、もともといた乗組員が逃げてしまったのだろう。


「第3階梯魔法【念動力サイコキネシス】」


 カゲヒコが魔法を発動させると船のロープが独りでに動いて帆が張られる。イカリが海から持ち上がって船体の上に乗り、港と船をつないでいたロープも解けていく。


「にゃ、にゃにゃにゃっ!? 何なのにゃ、これは!」


「言ったじゃないか。船の扱いは心得てるって。さっさと舵をとってくれよ、船長」


「むう、仕方がないのにゃ。後悔するにゃよ!」


 ノノはあきらめたように言って、船の舵を握りしめる。


「出航するのにゃ! 面舵いっぱい!」


「あいあいさー」


 かくして、カゲヒコとノノ、即席パーティーの航海は始まった。彼らの行き着く先は栄光か、それともクジラの胃袋か。

 それは神のみぞ知ることであった。


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