中型の漁船が波を切り裂いて海を進んでいく。

 先日の嵐が嘘のように上空には#燦燦__らんらん__#とした太陽が輝いていて、漁に出るには絶好の天気である。

 しかし、カゲヒコとノノが乗る船以外には沖に漁船の姿はない。どうやら、千年鯨を恐れて船を出せなくなっているようだ。


「にゃ。ここまで来たからにはもう後戻りはできないにゃ。覚悟はいいにゃ?」


「もちろんだよ、船長。金塊・・・もとい千年鯨を見つけるまでは陸には帰らないさ」


「にゃ、いい覚悟にゃ!」


 感心したようにノノが笑う。笑った拍子に獣特有の鋭い牙が口の端からのぞいた。


「ところで、クジラがどこにいるかわかるのか? 闇雲に船を進めてるわけじゃないんだろ?」


「当然にゃ! 伊達に5代にわたって千年鯨を追ってはいないにゃ。クジラがエサ場にしている海域は知り尽くしているにゃ!」


 自信満々とばかりに胸を張る。へそを出したシャツに短パンという健康的な格好をしたノノであったが、残念ながらスタイルはさほど良くはない。シャツの胸元からチラチラと見える乳房は神を呪いたくなるほどの絶壁だった。


「チラリズムってのは男のロマンではあるんだが・・・はあ」


「なんの話にゃ?」


「いや、そんなことよりもノノの一族は何で千年鯨を追い続けてるんだ? よかったら聞かせてくれよ」


 家族を奪った仇を討ちたくなる気持ちはわからなくもない。しかし、だからといって自分が死んでしまったら意味がない。

 ミイラ捕りがミイラというのを何代にもわたって繰り返していたというのは、もはや悲劇を通り越して笑い話に思えてしまう。


「ふっ、母や祖母を食べた仇討ち・・・なんていうと思ったら大間違いにゃ! 私が千年鯨を追いかけているのは・・・・・・食べてみたいからにゃ!」


「は?」


 ノノの口から飛び出してきたのは予想外の言葉だった。


「誇り高き獅子獣人である我が一族は、代々未知の味を追求し続けてきたにゃ! そして、この海に棲むすべての魚を味わい尽くすことこそが一族の悲願なのにゃ! 数百年、数千年を生き続けて旨味を凝縮してきた千年鯨は絶対に美味な魚に違いないにゃ!」


「・・・そうなんだ」


 ここで「クジラは魚じゃなくて哺乳類だよ」とか言ったら怒られるだろうか?

 それにしても、そんな理由で巨大なクジラ相手に命懸けで戦いを挑んできたとか、どんだけ食い意地の張った一族なのか。

 ノノの母親も祖母さんも曾祖母さんも高祖母さんも、そこまでして千年鯨が食べたかったのだろうか?


「にゃ、このあたりで船を止めるにゃ」


「ん? 何かあるのか?」


「この辺が千年鯨のエサ場にゃ。ここで罠を張って待ち伏せるにゃ」


 ノノが船室から大きなタルを持ってくる。小柄な少女が細腕には似合わない怪力を発揮して、タルを海へと投げ落とした。


「クジラの大好物、イカの内臓の詰め合わせにゃ。これでこの船に近づいてくるはずにゃ」


「近づいてきたらどうするんだ? このままだと俺達の方がクジラのエサじゃないか?」


「心配いらないにゃ。秘密兵器は持ってきてるにゃ」


 ノノがカゲヒコを置き去りにしてスルスルとマストを登っていく。船の最頂部に立って、周囲360度を警戒する。


「・・・やれやれ、こうやってみると本当にただの猫だな」


 マストに上って辺りを警戒しているノノの姿は、エサを探して木登りをしている猫にしか見えなかった。

 カゲヒコの目当てはあくまでも千年鯨が飲み込んだ金塊。ノノの仕事を手伝ってやる義理はない。

 しかし、目の前の少女が無残にクジラのエサになるところを想像すると穏やかではいられなかった。


「ま、危なくなったら命くらいは助けてやるか。目の前で美少女が死ぬのは見たくないからな」


 カゲヒコはふー、と長い息を吐いて魔法を発動させた。


 第4階梯魔法【探索結界ハイサーチ


 長距離に魔法を網を張って千年鯨の出現を警戒する。


「ん?」


 魔法を使って早々に探索の網に引っかかる影があった。

 巨大な、とんでもなく巨大な影が船めがけて迫っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る