③
「まったく! 何様のつもりだ、あの女騎士は!」
しつこい女騎士の態度に辟易して、トラヤヌス侯爵は屋敷に入るなり怒鳴り声をあげた。
「私を誰だと思っているのだ! たかが王都警備隊ごときが、私に楯突きおって! あの女が伯爵の娘でなければ、騎士団の上層部に言いつけて辺境に左遷してやるものを!」
本来であれば、警備隊の応対などは侯爵が直接するものではない。しかし、あの生意気な女騎士――マティルダ・マルストフォイは伯爵家の娘でもある。さすがにその応対は使用人に任せてはおけない。
でっぷりと太った身体を揺らしながら、侯爵は階段を上って自室へと向かう。侯爵の後ろには年配の執事が足音を立てることなく続いていく。
「いいな! 大泥棒だろうが魔法使いだろうが知ったことではない! 私の屋敷にコソ泥を一歩も入れるな! もちろん、あの警備隊もだ!」
「承知しました。旦那様」
執事に噛みつくような口調で指示を出して、侯爵は自室へと入っていった。ガチャリと内側から鍵をかけて部屋に一人きりになる。
「ふん、ここスレイヤー王国の次期宰相であるトラヤヌス侯爵の屋敷だぞ! 大泥棒だろうと、警備隊だろうと、私の許可なく入れるものか!」
侯爵は部屋の奥へと歩いて行き、壁を叩く。すると、壁の一部が開いて隠し金庫が現れた。鍵を使って金庫を開けると、手のひらに乗るくらいの大きさの青い宝珠と書類の束が入っていた。
「私の手に『聖竜の瞳』がある限り、誰も私に逆らうことなどできぬ! 魔法使いのコソ泥とやらもすぐに見つけ出して吊るし首にしてやる!」
金庫から取り出した青い宝珠こそ、怪盗シャドウの予告状に書かれていたマジックアイテム『聖竜の瞳』である。
そのマジックアイテムの能力は千里眼。所有者が見たいと思っている場所や人物を映し出すことができる力を持っていた。侯爵はその力を使い、多くの有力者の弱みを握って権力を手にしてきた。
「さあ、聖竜の瞳よ、我が望みを叶えよ! 怪盗シャドウの居場所を映し出せ!」
侯爵は宝珠に手をかざして命じる。すると、宝珠の中で七色の靄がうごめいて形を変える。七色の靄はやがて明確な形を成して、どこかの風景を映し出していく。
「ふむ・・・ここはいったい・・・?」
それはどこかの屋敷の中である。見るからに高級そうな家具が並んでいるため、貴族の屋敷だろうか。
部屋の真ん中に置かれたソファには、一人の男が座っている。ぶくぶくと醜く肥えた男はまるでオークのような体型をしている。
「誰だ、この豚のように醜い男は・・・ん?」
この男が身につけている服装には見覚えがある。これは自分が着ている服と全く同じもので・・・
「へえ、こいつは便利そうなアイテムだ。さすがはオーバーアイテム」
「っ!」
宝珠の中にいる豚男の背後に、黒いスーツを着た男の姿が現れた。
「それはアンタのような愚物が持つには過ぎた品だ。この怪盗シャドウがもらい受けよう」
「か、かかかか・・・」
顔の上半分を覆っている銀色の仮面と、漆黒のマント。それは手配書に描かれていたのと同じ姿である。
「怪盗シャドウ!」
王国を騒がす天下の大泥棒――怪盗シャドウの登場であった。
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