②
その日の夜。トラヤヌス侯爵邸。
屋敷の門扉で、二人の人間が言い合いをしていた。
「だから! 屋敷に入らないと警備ができないんですってば!」
「黙れ黙れ! 誰がお前たちのような下賤な者達を私の屋敷に入れられるものか! ここを何処だと思っている!」
言い合いをしている一人は、豪華な服を着たでっぷりと太った男。この屋敷の主であるトラヤヌス侯爵である。
もう一人は、王都警備隊の隊長をしているマティルダという金髪の女性騎士だった。
「ふん、怪盗シャドウだと? コソ泥ふぜいがこの屋敷の警備を突破できるわけがないだろう! お前ら騎士の力など借りぬわ!」
「侯爵様、シャドウを嘗めないでください! ふざけた格好をしていますが、奴は間違いなく超一流の魔法使いです!」
彼らが言い合いをしている原因は、数時間前にトラヤヌス侯爵邸と警備隊の両方に届いた予告状である。
『今晩、トラヤヌス侯爵邸より 聖竜の瞳 を頂戴いたします。 怪盗シャドウ』
怪盗シャドウはこの1年間、大陸各地を騒がせている大泥棒である。
銀仮面を被った怪盗の正体は誰も知らない。しかし、彼は間違いなく世界最高レベルの魔法使いで、神出鬼没の怪人であった。
「あの男は危険です! この1年で大勢の貴族様の屋敷が被害に遭っているんですよ!? 侯爵様の安全のためにも、屋敷の中で警備をさせてください!」
予告状を受け取ったマティルダは、すぐに警備隊を引き連れて侯爵邸へとやってきた。
しかし、護衛対象であるはずのトラヤヌス侯爵はかたくなに警備隊の入邸を拒んでおり、敷地の入り口で口論が続いていた。
「ふん、お前のような女騎士に何ができる? ベッドの中で護衛がしたいというのであれば、お前だけは入れてやらんでもないぞ?」
「なっ!?」
侯爵がマティルダの身体をなめるように見て言う。マティルダは顔を真っ赤にして、自分の胸元を両手で隠した。
金色の髪を後ろで三つ編みにしたマティルダの容姿は、厳しめに評価してもかなり美しい。ドレスアーマーに包まれた胸元はとても豊かに膨らんでいて、侯爵が鼻の下を伸ばすのも納得できる美貌である。
「ふ、ふざけないでください! 我々は貴方のために・・・」
「ふんっ、だったら屋敷の周りの警備でもしておれ! 敷地内には一歩も入れんぞ!」
「くっ・・・!」
侯爵は強制的に話を打ち切り、屋敷の中へと入っていってしまった。
マティルダは歯噛みをしながらその背中を見送り、侯爵が屋敷に入ったのを見送るや大声で叫ぶ。
「うがあああああああっ! 私達が誰のために来てやったと思っているのよ!? あの豚こうしゃ・・・むぐっ!?」
「隊長! 声が大きいです!」
とんでもない暴言を吐こうとするマティルダの口を、副官の男性騎士が慌てて塞ぐ。
「だ、だってえ・・・」
「隊長の気持ちは痛いほどわかりますけど、相手は上級貴族です。逆らったらタダでは済みませんよ!」
「うー・・・」
マティルダは無念そうに侯爵邸を見上げる。
「・・・仕方がない。屋敷の外で張っておけば、いずれはシャドウが現れる。屋敷の中に通さなければ同じことだ」
「そうですよ、気を取り直して警備をしましょう」
「うむ・・・怪盗シャドウ。これ以上、お前の悪行は許さない。王都の平和は私が守る!」
マティルダは美しい顔を決意で引き締め、憤然と歩きだした。
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