「おのれ、怪盗シャドウ! これで勝ったと思うなよ!」


 癇癪を起こしたように叫んで、ローウィ・サンダロンは拳を机に叩きつけた。


 スレイヤー王国王都から少し離れた森の奥に、ローウィが所有する隠れた研究施設が存在した。


 暗い部屋の中、ローウィの目の前にはテレビ画面のようなガラス窓が設置されている。

 窓には怪盗シャドウの姿が映し出されていて、まさに空へと飛び立とうとする瞬間であった。


「ふん! たまたまマティルダが酒に弱かったから敗北しただけじゃ! 次はもっと優れた素体を探してモルモットにしてくれる!」


 ローウィにとって怪盗シャドウ討伐は単なる実験の一つであった。

 憎しみや因縁があるわけではなく、実験の相手としてちょうどよかったからマティルダをけしかけただけである。

 しかし、今回の一件で予想外の方法で自分の作品を攻略された結果、ローウィは銀仮面の泥棒を明確に敵としてみなすようになった。


「ワシの作品を汚しておいてタダで済むとは思うなよ! たかがモルモットごときがワシを侮辱しおって、その報いは必ず……」


「必ず、なんでしょうか?」


「へ、あ……」


 サクリ、と小さな音がした。同時に、ローウィの胸に違和感が生じる。


「な、何じゃ……?」


 ローウィがゆっくりと視線を下げると、そこには黒い金属が生えていた。


 年齢を重ねてすっかり薄くなってしまった胸板を、背中から胸へと刃が貫いていた。


「あ、ぎ……があっ……!?」


ローウィはようやく自分が何者かに刺されたことに気が付いた。途端に激痛が胸を責め立てる。


「現時点ではクロノ様をあなたごときに殺されるわけにはいきませんので。悪く思わないでください」


「く、くろの……?」


 背後からかけられる言葉。聞きなれない人物の名前をローウィが聞き返すと、背後の襲撃者が「ああ」と声を上げる。


「彼の正体は内緒でしたね。うっかり口を滑らせてしていました」


「ぐぎっ!?」


「でも、ここで口を封じておけば構いませんよね。これからは気を付けないと」


 襲撃者はグルリと刃を回して傷口をえぐり、そのままローウィの背中から引き抜いた。


 胸を貫通させた老人の体が床へと倒れて、胸部から湧き水のように血を流して絶命する。


「あなたがため込んでいたオーバーアイテム、回収させていただきますね?

 それと、私としてもクロノ様は早めに斬り捨てたいくらいところですけど、魔王様の命令です。彼の命を狙うあなたを生かしておけませんのでお許しを」


 動かなくなった老人へと言葉をかけて、襲撃者は手に持った片刃の剣を振って血を払う。

 冷徹な眼差しで剣を鞘へとしまうその人物の頭には、二本の角が生えていた。


 こうして、怪盗シャドウの新たな宿敵、ローウィ・サンダロンは誰にも知られることなく始末されたのであった。


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