⑦
一方その頃、森の外周部は冒険者達の怒号が絶え間なく鳴り響く、阿鼻叫喚の坩堝と化していた。
「畜生! なんでこんなにゴブリンが出てくるんだよ!」
「おい、こっちにも救援をよこせ!」
「だ、誰かっ・・・ぎゃああっ!」
森から100体以上のゴブリンが出現して、突如として冒険者達に襲いかかった。
そこにいるのはアイアンランク、ストーンランクの下位冒険者である。下位冒険者といえどゴブリンの1匹や2匹に負けることはないが、100体以上が同時に襲ってきたらとても対処できなかった。
最初はなんとか均衡を保っていたものの、徐々に数の暴力によって押し込まれて戦線は崩壊しつつあった。すでに半分以上の冒険者がゴブリンに囲まれて殺されるか、あるいは仲間を見捨てて逃げ出していた。
「カゲヒコ! ここはもうダメだ! 俺は逃げるぞ!」
「ん、ああ。気をつけてな」
知人の冒険者が森に背中を向けて一目散に逃げだしていく。その様子をぼんやりと眺めながら、カゲヒコは首を傾げながら物思いにふける。
(これだけのゴブリンがいるってことは、上位種が生まれてるってことだな。それにしたって数が多すぎだろ。ここは王都のすぐ傍だぞ? こんなに繁殖するまで、誰も気がつかなかったのか?)
つまり、冒険者が気づくよりも早く、恐ろしいまでの繁殖力でここまで増殖したという事になる。そんなことが可能なのだろうか。
「なーんか、引っかかるなあ。急速に増えたゴブリン。前にもこんなことがあったような・・・」
「キイーーッ!」
「第2階梯【
「キイーー!?」
カゲヒコは補助魔法を使って速度を上げて、ゴブリンの攻撃を避ける。そのまますれ違いざまにゴブリンを剣で斬りつける。
「うわあああああああ!」
「ホブだ! ホブゴブリンも来たぞ!」
「ん?」
かろうじて戦っていた冒険者達が悲鳴を上げる。カゲヒコが顔を上げると、森から敵の増援が現れるところだった。
森から現れたのは、成人男性と同じくらいの背丈のある緑色の魔物。ゴブリンの進化種であるホブゴブリンだった。
「ゲアアアアアアアアッ!」
「うわあああああああ!」
「逃げろ! 逃げろおおおおおおお!」
20体ものホブゴブリンが冒険者に向けて襲いかかってくる。ゴブリン相手に苦戦していた冒険者達には勝ち目などあるわけがない。踏みとどまって戦おうとしている者は誰もおらず、下位冒険者は我先に逃げ出していく。
「ホブゴブリン。ゴブリンの進化種・・・そう、進化だ! 『進化の秘石』か!」
ようやく目的の記憶にたどり着き、カゲヒコは状況を忘れて叫んだ。
勇者パーティーにいた頃に遭遇したゴブリンの大量発生。その原因になったのは、魔族が生み出したオーバーアイテムが原因だった。
「オーバーアイテムか。なるほど、どうやらここは怪盗の出番みたいだな」
カゲヒコはアイテムボックスから銀仮面を取り出して、顔にかける。
気づけば、森の外周にいた冒険者はみんな逃げだすか、さもなくば物言わぬ死体となっていた。残っているのはカゲヒコだけで、すでにゴブリンの群れに囲まれていた。
「ギャッ、ギャッ、ギャッ!」
「ギヒヒヒッ!」
カゲヒコを囲んでいるゴブリン達はすぐに襲いかかってくることはなく、カゲヒコを囲んだまま楽しそうに笑い声をあげている。どうやら、一人残されたカゲヒコを嬲り殺しにするつもりらしい。
しかし、そこにいるのはうだつの上がらないアイアン冒険者ではない。かつて賢者と呼ばれていた、稀代の大泥棒である。
「残念。ここからは怪盗の時間なんだ。お楽しみのところを申し訳ないね」
揶揄するように言って、怪盗シャドウは両手を広げた。手のひらに集まる膨大な魔力を掌握して、すぐさま魔法を発動させる。
第5階梯魔法【
解放された膨大な魔力が絶対零度の冷気へと変換される。シャドウを中心として、半径数百メートルが氷の世界に閉ざれた。
「ギッ・・・」
森の外周部にいた100体以上のゴブリン、20体のホブゴブリンが一匹残らず氷の彫像へと姿を変える。
この世界における一般的な魔法の知識として、個人が発動できる最大規模の魔法は第4階梯までであるとされている。第5階梯魔法とは、複数の魔法使いが協力して発動させる戦略級の魔法である。その魔法を無詠唱で発動させることができる人間は、世界に5人といないだろう。
「おっと、失敬」
たまたま足元に会った冒険者の死体を踏んでしまった。すでに凍りついた死体は脆く崩れて、バラバラの氷の破片に変わる。それが顔見知りの冒険者のなれの果てであると気がつかないまま、シャドウはゴブリンの巣窟となった森を見て笑う。
「さあ、仕事の時間だ」
そう言って、シャドウ魔法で木々を飛び越え森の奥へと進んでいった。
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