③
女の名前はエマ・カローラ。
セント・タチバナ魔法学院という学校に勤めている教員らしく、魔法特進クラスという特別なクラスの担任をしているらしい。
エマは研究者として学園からかなり評価をされているらしく、魔法の知識だけなら魔法使いの最高峰である賢者に匹敵するとまでいわれているようだ。そのため、特進クラスを任されるに至ったとのことだが……エマには魔法使いとして致命的な欠点があった。
それは実技科目である。
エマは座学に関しては特進クラスの優秀な生徒達を十分に満足させることができているようだが、実践的な魔法の使用はとんでもなく苦手らしい。
どうやら、天性のセンスが欠けているらしい。身につけている知識を実践ではまるで役立てることができず、生徒と実戦訓練をしてあっさり負けてしまうほどだった。
そのため、せっかく特進クラスの担任になってエリートコースに進むことができたというのに、生徒達からは舐められっぱなしで、このままだと学園を追い出されてしまうかもしれないらしい。
「実技が苦手でクビになるなんて、えらく厳しいじゃないか。座学では有能なんだろ?」
「そのつもりなんですけど……いくら知識があっても、魔法を使いこなせなければ意味がありませんから……」
エマがしょんぼりと肩を落とす。酒のせいで真っ赤になった顔にはくっきりと涙の痕がついている。
特進クラスの生徒達は全員が未来の賢者候補で、宮廷魔法使いなどの要職に就くことが確実らしい。そのため、彼らの才能を伸ばすことができない担任はたちまち学園での立場を失くしてしまうようだ。
「それで? なんでまた俺を臨時講師に?」
「先ほどの無詠唱魔法、それに魔法の二重発動。さぞや名のある魔法使いとお見受けしました。どうか、私の代わりにあの子たちの実技授業を受け持ってもらえませんか?」
「ふむ?」
座学はエマが、実技はカゲヒコが。それぞれの得意分野で生徒達に教鞭を振るう。たしかにそれは合理的な教育方法である。
問題があるとすれば、目の前の女性が学園の人事に口を出せる立場にあるかどうかだ。
「それは問題ありません。臨時講師の採用は各教員の裁量の範囲内ですから。報酬は正規の教員よりも少ないですけど、それでも王都の中級役人くらいのお給料は出ますよ?」
「へえ、それはそれは」
カゲヒコは頭の中で思案する。別に冒険者や怪盗の足を洗って安定した仕事に就こうというわけではない。偶然にも、カゲヒコが狙っている獲物の一つが、セント・タチバナ学院にあるのだ。
(身分を偽り潜入してお宝さがし……ロマンだな)
なかなか面白い盗みができそうだ。
カゲヒコは内心で笑いながら、エマの手を取った。
「その話、受けようじゃないか! 未来を担う若者のためにも一肌脱ごう!」
「ありがとうございます! ところで……お名前を聞いてませんでしたね?」
「ああ」
カゲヒコは頷いて、人差し指を立てる。
「俺……じゃなくて私の名前はクロノス。クロノス・ルブランだ。よろしく頼むよ」
笑顔でさらりと、以前から考えていた偽名を名乗った。
かくして、黒野カゲヒコの教員としての生活が始まったのだった。
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