「これからは私が魔法実技の授業を担当させてもらいます。座学の授業はこれまで通りにエマ先生が担当しますので、ご心配なく」


 そんな理由により、黒野カゲヒコは臨時講師クロノス・ルブランとなった。

 クロノスはかつて日本にいた頃の営業マンだった自分を思い出して、礼儀正しく丁寧な話し方を心がけた。普段が不断なだけに、魔法で顔を変えているわけでもないのに別人のような印象を与える。


「先生、質問よろしいでしょか?」


「はい、もちろん構いませんよ。ええと……」


「サロモンです。ルナ・サロモンと申します」


 手を挙げて立ち上がったのは学園の制服を着た赤髪の女生徒である。気の強そうな眼差しをした女生徒は、クロノスに挑みかかるような視線を向けながら口を開く。


「初対面で不躾ですが、クロノス先生はどの階梯まで至っているのですか?」


「私は第3階梯魔法まで使うことができます。ミス・サロモン」


「第3階梯?」


 元・賢者という正体がばれないように、クロノスが実力を下方に偽って伝える。偽りの実力を聞いて、ルナは耳を疑ったように声を上げた。


 この世界の魔法は第1階梯から第7階梯までのランクに分かれている。

 第1階梯はいわゆる生活魔法。冒険者や騎士でもない一般人でも使うことができ、薪に火を点けたり、桶に水を溜めたり、日常生活で当たり前のように使われている。そこから数字が上がるごとに魔法のランクが上がっていき、第7階梯に至っては伝説に登場する神代魔法である。

 クロノスが使えると主張した第3階梯魔法は中級クラスの魔法で、平均的な魔法使いが到達することができるレベルだった。


「ご冗談でしょう? 仮にもタチバナ魔法学院の特進クラスの生徒に教鞭をとる者が、中級ランクの魔法までしか使うことができないのですか? 失礼ですが、このクラスの中には第4階梯を使うことができる者もいるのですよ?」


 ルナは慇懃無礼を絵に描いたようにクロノスを非難してくる。エリート意識が高い特進クラスの生徒にとって、格下の魔法使いが教員として自分達の上に立つことは我慢できないことであった。


「第4階梯ですか。それは素晴らしい……しかし、魔法を使うことができることが、必ずしも魔法を使いこなすことができるという事ではないのですよ」


 ルナの批判に、クロノスは挑発で答えた。ルナは眉をひそめて、眼光を鋭くさせる。


「それは、私達が魔法を使いこなせていないという事ですか?」


「そう言っているのですよ。魔法使いと魔導士、あるいは賢者と呼ばれる者達の違いは、いかに魔法の性質を理解して適切な使い方を出来るかにかかっています。高い階梯の魔法を使うことができるというのは素晴らしいことですが、それだけで優れた魔法使いとは言えないのですよ」


 クロノスの言葉にざわりと教室が騒ぎ立つ。特進クラスの生徒達は口々にクロノスに対して非難の声を上げる。クロノスの後ろに立っているエマがおろおろと視線をさまよわせる。


「……そこまでおっしゃるのでしたら、魔法の本物の使い方を教えてくれるのでしょうね」


「無論ですよ。ミス・サロモン」


「でしたら、今から演習場に参りましょう。ミスタ・クロノス、貴方に決闘を挑みます。どうぞこの未熟な小娘に一手ご指南をいただけますか?」


 にっこりと笑うルナ・サロモンであったが、髪の色と同じく燃えるような色をした赤い瞳には、クロノスに対する明らかな殺意が浮かんでいた。


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