⑥
もう少しごねるかと思ったのだが、ルナは想像以上に物分かりが良いらしい。
自分の敗北を、弱さを認められる者は強くなる。目の前の少女はなかなか見込みがありそうである。
しかし、二人の決闘を見守っていた生徒達はそうではなかったらしく、怒りのヤジが飛んでくる。
「反則だ!」
「そうだ! あんな戦い方が許されるわけないだろ!」
演習場の見学席から口々にブーイングが上がる。クロノスは困ったように頭を掻きながら文句を言ってくる生徒の一人を見やる。
「反則ですか? では、そこの君。私の何がルール違反だったのか説明していただけますか?」
「それは……」
尋ねられた男子生徒が口ごもる。当然だろう。クロノスは何一つルールに違反する行動はとっていないのだから。
それでも生徒達が納得できないのは、クロノスが第1階梯と第2階梯という初級以下の魔法しか使っていないからだろう。
悔しそうに押し黙る生徒達を順に眺めながら、最後にルナへと視線を向けた。
「ミス・サロモン。これが先ほどの質問への答えですよ」
「……魔法の本物の使い方、ですか? 初級魔法しか使っていなかったように見えましたが」
敗北は認めたが納得は出来ていないらしく、ルナはいまだに不満そうな表情でクロノスの言葉に答えた。
「はい、その通りです。貴方が使おうとした魔法【紅蓮業火】は確かに強力な魔法ですが、詠唱にはとても時間がかかります。盾となってくれる仲間やゴーレムを用意しているのならまだしも、1対1の決闘では隙を作ってしまうだけです」
「……つまり、私は魔法を正しく使えていなかったという事でしょうか?」
「はい。魔法を使いこなすということはその状況、条件に見合った魔法を適切に行使することができるという事です。今のあなたのように状況に合っていない魔法を使うのは、とてもではないですが魔法を使いこなしているとはいえません」
「……無詠唱で使える第1階梯魔法、詠唱が短い第2階梯魔法の方が決闘では有利という事ですか?」
「話しが速いですね。特殊なマジックアイテムで詠唱を短縮したり、隠れることができる地形であれば話は別ですが」
「なるほど、確かに完敗ですね」
ルナが肩を落として溜息をついた。紅い瞳にはいまだに悔しそうな色が浮かんでいるが、同時にどこか晴れ晴れとしているようにも見える。
「様々な条件下で適切な魔法を使うこと。これには才能以上に経験が重要となります。私のような第3階梯までしか使えない魔法使いでも、十分な経験を積んでいればあなた方に教えられることがあると思いますよ」
「ええ、もちろんですわ。ミスタ・クロノス。これからどうぞよろしくお願いします」
ルナが頭を下げると長い赤髪がふわりと舞った。
他の生徒達はいまだ納得がいっていない顔をしているが、ルナがクロノスを認めたことで声高に文句を言う者はいなくなった。どうやら彼女がクラスで最強の魔法使いのようである。
こうして、クロノス・ルブランは正式に学園の臨時講師として認められ、怪盗シャドウはタチバナ魔法学院に潜入することに成功したのだった。
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