⑪
「くっ……やられた!」
魔方陣の中心に立つエマの姿を見て、クロノスは奥歯を噛んでうなった。
おそらく、エマは最初からこうするつもりだったのだろう。
クロノスを利用して迷宮の謎を解き明かしつつ、最後には自分がセージ・タチバナの遺産を奪い取る。
途中でやたらと罠に引っかかっていたのも、クロノスにダメージを与えるための策略だったに違いない。
「なるほど、裏切りは女のアクセサリーってやつか……ただのドジだと思ったらやってくれるじゃないか!」
クロノスは悔しそうに唇を歪めながら、赤い光に包まれたエマの顔を見る。
見事に土壇場での裏切りを成功させた女は、いったいどれだけしてやったりの顔をしているのだろうか。
「きゃあああああああああああっ!? 何ですかこれ、何ですかこれ!? 助けてください~~~~~~~~~!」
「えー……嘘だろ?」
違った。
ただのドジだった。
「……あのさあ、君は本当に何がしたいんだよ」
「だ、だって~~~~! クロノス先生が魔方陣に立ったら変なおじいさんが出てきてわけのわからない言葉で話して、おまけに魔方陣が赤く光って……クロノス先生を助けないとって思ったんですう~~~~~~っ!」
「ああ……そういうことね」
どうやら、エマはクロノスのことを庇うために魔方陣に飛び込んだらしい。
考えても見れば、セージ・タチバナはずっと日本語で話していたし、エマには状況がわかっていなかったのだろう。
魔方陣から出てきた赤い光もいかにも警戒色に見えるし、危険を感じるのは無理もないかもしれない。
「やれやれ……最後までエマ先生に振り回されっぱなしだったな」
クロノスはやれやれとばかりに頭を掻いた。
セージ・タチバナの遺産を、英知とも呼べる時空魔法の力を手に入れ損ねてしまった。
「ま、どうしても欲しいと思ってたわけじゃないから、それは別にいいんだけど……」
「たすけでくださいいいいいいいいいっ! いやああああああああああっ!」
「そろそろ落ち着いてくれよ。じきにダウンロードも終わって……ん?」
クロノスは異変に気がついた。
先ほどから魔方陣より膨大な魔力があふれだして、エマの身体へと注ぎ込まれている。それは一向に止まる様子はなく、明らかにエマの肉体の容量を超えている。
「これは……やばいんじゃ」
「な、何ですか!? 何がやばいんですか!」
「セージ・タチバナの遺産。俺みたいな賢者級の魔法使いであれば何とか受け入れることができそうだけど……たぶん、君には無理だな」
このままいくと、遠からずエマは膨大な魔力を受け入れることができずに崩壊する。
目の前の美女の身体がストローで空気を入れられたカエルのようにはじけ飛ぶ光景を思い浮かべて、クロノスは顔を引き攣らせた。
「きゃあああああああああああっ! 何とかしてくださいよ~~~~~っ!」
「何とかって言われてもなあ」
クロノスは数秒考えて、エマに一つの助言をする。
「なんでもいいから、魔法を使え。思いっきり魔力を込めてぶっ放せ」
「な、それで何が……」
「いいから。体内の魔力を放出しないと破裂するぞ」
「ひゃああ! わかりました~~~~~~!」
エマはクロノスの助言通りに魔法を発動させる。
「ひ、火よ燃えて! 第1階梯魔法【
発動させたのは最下級の火属性魔法。焚火などで使う生活魔法である。エマの目の前にサッカーボール大の炎が現れる。
「へ?」
「あ、しまった」
一抱えの大きさの炎がみるみる巨大化していく。
賢者であるセージ・タチバナから引き継いだ魔力をこれでもかとばかりに吸い上げて、炎は山火事のように広がっていく。
「……吹っ飛ぶよなあ、これ」
「きゃあああああああああああっ!?」
炎が爆発した。目の前の全てが火の赤に包まれる。
部屋全てを包み込んだ炎はそのまま勢いを殺すことなく広がっていき、やがて迷宮全体を吹き飛ばしたのであった。
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