⑩
「ここは……」
「わかっていると思いますけど、くれぐれもおかしな事をしないでください。何も触らない、何もいじらない、微動だにしないでください」
「ううう……」
しょんぼりと俯いてしまったエマを放っておいて、クロノスは部屋の中央へと歩を進めた。
広々とした石造りの部屋には何もない。ただ、床に大きな魔方陣が刻み込まれている。
「特に指示もなし、か」
とりあえず足元の魔方陣に魔力を注いでみた。すると、魔方陣が淡い水色に光を放った。
『やあ、初めまして。日本から来た客人よ』
どこからか声が響いてくる。流暢な日本語である。
魔方陣からあふれた光が固まって像を結ぶ。それはやがて、一人の老人の姿になった。
『私の名前は立花誠二。お察しの通り、君と同じ日本人だ』
老人は朗々と言葉を続ける。
老人の顔にはくっきりと深いシワが刻まれている。かなりの高齢に違いない。
『今、君が見ているのは、私が魔法を使って録画した映像だ。それを立体にして映し出させてもらった。
さて、君がここに居るということは、おそらく君は私が残した文書のいずれかを見て私の遺産を受け取りに来たのだろう。遺産というのは、私が元の世界に戻るために集めた知識と魔力だ』
「知識と魔力?」
『この世界に召喚されて魔王を倒してから、私は何とか元の世界に戻ろうと魔法の研究を続けてきた。そのために学園を創って多くの研究者を雇った。しかし、結局、元の世界に帰る方法は見つからなかった』
「…………」
『故郷を同じくする者よ。どうか私の知識と魔力を引き継いで、元の世界に帰る方法を見つけて欲しい。そして、叶うことなら私の遺品を故郷の土へと還して欲しい』
「これは……!」
魔方陣の色が青から赤へと変わった。炎のように赤い光がクロノスの身体を包み込む。
『心配はいらない。今から君の身体へと私の力をダウンロードさせてもらう。ダウンロードは1分ほどで終わるから、どうかそのまま動かないでくれたまえ。
今から君に覚えてもらうのは、この世界でも最高難度を誇る魔法である時空魔法だ。私はそこまでの領域へとたどり着くことができなかったが、使い方によっては永遠の若さを得ることも、様々な世界を渡り歩くこともできるだろう。君がこの魔法を正しく使い、元の世界に帰ることができることを祈っているよ』
「…………」
正直、元の世界に帰ることにはさほど執着はない。
しかし、時空魔法は【賢者】のチート能力をもってしても習得することができなかった魔法の一つである。
「まあ、せっかくだしな。教えてくれるって言うのなら、教えてもらお……うおっ!?」
突然、誰かに背中を押された。予想外の方向からの衝撃に、思わず魔方陣の外へと押し飛ばされてしまう。
「っ、エマ先生!?」
何事かと振り向いたクロノスの目に映ったのは、真っ赤に明滅する魔方陣の中央に立つエマ・カローラの姿であった。
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