⑩
「それで、金塊はどうしたんですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・忘れた」
サブロナ城のリビングルームにて、ソファに深々と腰掛けてカゲヒコは天を仰ぐ。
対面のソファにはサーナが座っており、呆れ返った表情でカゲヒコを見つめている。
「いや、しょうがねえだろ。クジラに飲み込まれたかと思えば、目の前に4匹も5匹もネコミミ獣人が出てきたんだぞ? そりゃ目的も飛ぶっての」
「それはわかりますけど、何しに行ったんですか?」
『あははははっ、お兄さんってバカなのー』
リビングにはぷかぷかと宙に浮かんでいるサリアもいる。
幽霊少女はなぜかメイド服に身を包んでおり、スカートの裾も気にすることなくカゲヒコの頭の上を飛び回っている。
「それでノノさんのご家族はどうされたんですか?」
「今も全員、港で漁師をやってるよ。ほれ、お土産」
カゲヒコはアイテムボックスから取り出した魚をテーブルの上に置く。カツオによく似た異世界産の魚は、見るからに脂が良く乗っていて実に美味そうである。
「食い扶持が増えて生活は苦しくなったみたいだけど、労働力も増えたからな。ま、うまいことやっていけるだろ」
「何はともあれ、ご家族が再会できたことは良いことですね」
「ああ、これで千年鯨から手を引いてくれるといいんだが・・・」
カゲヒコは別れ際のノノの様子を思い出して嘆息した。
『にゃー! 次は10年後にゃ! 今度こそ千年鯨を捕まえてみんなでクジラパーティをするにゃ!』
『にゃ、カゲヒコさんも仲間に入れてあげるにゃ。みんなでバーベキューにゃ』
『ところで、カゲヒコ君は結婚してるのかにゃ? よかったらノノの婿にどうかにゃ?』
『にゃはは、いまならおまけで親猫が4匹ついてくるにゃ!』
「・・・俺はとうぶん、海には行かない。全員、貧乳だからな」
「貧乳批判は許しませんよ!」
『極刑なのー!』
サーナだけではなく、サリアまでカゲヒコを睨みつけてくる。カゲヒコは手の平を振って二人の女性の視線を払いのける。
「それじゃあ、今回のカゲヒコさんは収穫なしですか。どうします? お金がないならいくらか融通しますけど」
「お前から金を借りるほど馬鹿じゃない。利子が高くつきそうだからな」
それに、とカゲヒコは付け足した。決して収穫がないわけではなかった。予想外の拾い物はあったのだ。
カゲヒコはアイテムボックスから取り出したそれを、サーナへと投げ渡した。
「ひゃっ! 何ですかこれ・・・くさっ!?」
「アンバーグリス・・・つまり龍涎香だ」
それは一見すると奇妙な形の石のような物であった。大きさは手の平に乗るくらいで、白、黒、黄色が混ざり合ってまだら模様を作っている。
クジラから吐き出された後で、船にこびりついているのを見つけて剥がした物である。
龍涎香とはイカなどの顎骨を材料としてクジラの体内で生成される石のことである。脂肪や胃液の塊のため非常に独特の匂いがするのだが、主にお香などの材料として高値で取引されている。この世界での相場は知らないが、日本であれば1グラムあたり2000円の値が付くこともあった。
「お香としての価値はともかく、あの千年鯨の排泄物だからな。含有している魔力量もえらく多いみたいだし、魔法薬の材料として高く売れるだろうよ」
「なるほど、転んでもただでは起きませんね」
「もちろん、狙った獲物は逃さない・・・とはいかなかったが、とるべき獲物はごっそりいただくさ」
カゲヒコは笑いながら龍涎香を宙に放り投げて、そのままアイテムボックスへとしまった。
上機嫌に笑うカゲヒコであったが、思い出したようにサリアが口を開いた。
『ところで、何で当たり前みたいにそのお姉さんが城に出入りしてるの? ここ、私とお兄さんのお城だよね?』
「あ!」
「へ?」
カゲヒコはサーナを見る。考えても見れば、なぜこの少女は我が物顔でソファにくつろいでいるのだ。
カゲヒコから睨みつけられて、サーナは気まずそうに指で頬を掻いた。
「えーと・・・お家賃、払いましょうか? 身体で?」
「・・・・・・」
ふざけたことを言うサーナであったが、その日の内に城から放り出されたのであった。
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