第5話 新任教師クロノス先生

 セント・タチバナ魔法学院。

 スレイヤー王国の王都にあるその学園は、150年前に当時の勇者によって設立された。


『身分や生まれにとらわれることなく優秀な魔法使いを育成し、魔法技術の発展に寄与すること』

 その理念のもとに建てられた学園は敷地こそスレイヤー王国の領内にあるものの、複数の国から支援を受けて治外法権に近い体制になっている。貴族や王族も通ってはいるが、基本的に平民も貴族も平等に扱われ、公に権力を行使することは許されていない。


 そんな公平と平等を絵に描いた学園であるが……それ故に、「実力主義」という独自のヒエラルキーが存在する。


 そのヒエラルキーの頂点に立っている者達こそが、『魔法特進クラス』。

 厳しい試験を突破して入学した生徒の中からさらに上位20名だけを集めたクラスで、生徒一人一人が天与の才を持つエリート集団である。

 このクラスを卒業した者の多くは、各国の宮廷魔法使いや王侯貴族の側近として迎え入れられている。また、【賢者】の称号を得て魔法使いの頂点に立った人間の多くは、このクラスの出身である。


「そういや、今日から新しい教員が来るんだよな?」


「ええ、魔法実技の臨時講師の方が来られるそうですよ」


「ふん、ちょっとはマシな奴だといいんだがな」


 朝の始業前の慌ただしい時間。その日、魔法特進クラスでは10代の男女がそんな会話をしていた。

 国で一、二を争う天才ばかりが集まったそのクラスにおいて、必ずしも教員というのは敬うべき人間ではなかった。このクラスに配属される教員は特進クラスの生徒により本当に自分達に教える資格がある者なのかと品定めされ、資格なしと判断されたときには学園を追い出されてしまうときさえある。

 新しい教員が来ると聞けば、自然とその話題で生徒達は持ちきりとなった。


「この間の女教師、何て名前だっけか?」


「ああ、あのメガネの女な。たしか……カローラとかいったか? あの女もすぐに学園を辞めることになるんだろうな」


「座学は面白い授業でしたけど……魔法実技ができないのでは、このクラスの教員にはふさわしくありませんね。残念です」


 やがてコツコツと廊下を歩く音がして、扉が開かれる。教室に入ってきたのは、噂をしていた女教師と30前後のスーツを着た男性だった。


「あ、あの……今日から魔法実技を教えてくれる先生を紹介します」


 スラリとした鼻筋にメガネをかけた美しい女教師は、メガネの位置を何度も直しながら、緊張した面持ちで口を開く。

 女教師の紹介を受けて男性教師が自己紹介をする。


「はじめまして、皆さん。今日から魔法実技を教えることになりました。クロノス・ルブランです。どうぞよろしく」


 そう言って、スーツを着た男性教師――黒野カゲヒコは生徒達ににっこりと笑いかけた。

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