第45話 目に見えないもの



 もうすぐ日の出になりそうな時間では合ったが、色々とあり過ぎて頭と身体が興奮しているのか疲れているはずなのに眠気をまったく感じない影はソファーでくつろぐ。


 ピッ、ピッー


 もしこの場に優美がいたら怒られる音が部屋に聞こえた。エアコンが影のいるロビーに冷たくも熱くもない程よい風を運んでくれる。


「これでやっと終わった、疲れた~」


 三年振りの仕事に影の身体はクタクタだった。

 ソファーでぼんやりと天井を眺めながら、最後に見られた皆の笑顔を思い出しては昔の事を思い出す。

 昔の事を思い出し、懐かしんでいると急に睡魔が押し寄せて来た。

 そのまま、深い眠りに入る影。



 あれからどれくらいの時間が経過したのだろうか。

 影が目を覚ますと陽の光が部屋の窓から差し込んでいた。ソファーから起き上がりボサボサになった髪を手でかく。


 そして、ある事に気付く。


 いつの間にか側にいて当たり前の光景となっていた人物がいない事に。

「そっか。優美はあれから自分の家に帰ったのか……」


 何処か寂しい気持ちになったが、これも優美の為だと思い深追いはしない事にする。魔人絡みで動くときに連絡を入れて一緒に行動すればいい。優美には影と違い大切な家族がいる。その大切な家族との時間を邪魔したくはなかった。

 大きな背伸びとアクビをしてから、お風呂場に行く。


 それから、身体を洗い湯舟(ゆぶね)に浸(つか)りくつろぐ影。

 今まで一人で生きてきたはずなのに唐突に感じる寂しさに影は疑問を感じた。今までだったらこれが当たり前だった。静かな家、一人で住むにはとても大きな一軒家。何をするにしても自由で誰かの指図を受ける事がない穏やかな空間。


 ――のはずだった。


 だけれど、何処か寂しく物足りなさを感じる空間と今はなっていた。


「一緒にいた時は正直お母さんみたいで煩(うるさ)いなと内心思っていたけど、こうしていなくなると何処か寂しさを感じるとはね……」

 天井を眺めながら、特に意図したわけではないがそんな事を呟いてしまった。

 世間から見た影と今の影は多分違う。


 ――それもそのはず、本当の影は。

 誰よりも寂しがり屋で甘えん坊なのだから……。


 幼くして両親を亡くした影は誰かの愛情を十分に貰えなかった。両親が他界し身寄りがない影はすぐにオルメス国に引き取られ軍人としての道を歩む。そこにあるのは英才教育ただ一つで誰かの温もりや愛情といった物はなかった。


 だからなのかもしれない……。

 優美がくれた何気ない温もりが恋(こい)しくなったのは――。


 一度ため息を吐いて、水面に映った自身の顔を見ると、

「フッ。顔が死んでるな」

 更にもう一回ため息を吐いて、

「まぁ、でも仕方がない。後数日もしたらまた一人になれる」

 と、何処か何かを諦めたように独り言を言った。


 特に意味はなかったが、魔力を使い湯舟にある湯を使い水遊びをしてみる。

 が、何処か沈んだ心が癒される事はなかった。

 それもそのはず。

 影の心が欲している物はそこにはなかったのだから。

 そのまま、しばらく湯遊びをして時間を潰す。


 ――予定だったが、すぐに飽(あ)きたのでお風呂から出る事にした。

 お風呂を出て全身をバスタオルで拭き、影が普段寝間着に使っている黒のジャージに着替える。濡れた髪が重たかったがドライヤーを使ってしっかりと乾かす気力がなかったので自然乾燥させることにした。


 リビングに戻ると通信機が青色の光をピカピカさせて点滅していた。

「んっ?」

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