第40話 優美の感謝


「本当に黒の剣士を……倒すなんて……す、すごい」


 ――圧倒的、最後は鮮やか過ぎる勝利。

 戦場のあちらこちらで勝利の歓声があがる中、そう呟いたのは優美だった。

 歓声をあげ喜ぶ者達の中に、影の凄さを本当に理解している者は何人いるのだろうか。


 だが優美は正しく理解していた。

 それは、影の考えている事が全てわかった、という意味ではない。

 戦場での影の姿なんて殆ど知らないのだから。

 だが。

 今回、ノーブルイヤン街を襲った魔人は間違いなく強かった。

 もし、優莉総隊長が陣頭指揮を執っていたならば勝てなかった。

 高位魔人(レベル七)と呼ばれた黒の剣士はそれほどまでに強かった。

 それを、正面から挑み破った事実だけは理解していた。

 それは、魔人の頂点に存在する魔人王の側近に勝てるだけの国力がオルメス国にある事を意味し、それはたった一人の人間によって生み出されているということで。

 総隊長や守護者が未だに影を慕う理由でもあるわけで。


 それ故に――

「……古代魔法を使う英雄、即ち『古き英雄』は今も最強……?」

 畏怖さえ芽生えさせ、そう呟かせた。

 優莉に抱きしめられて少し苦しそうにする影を見て優美はどうしていいかわからなかった。


 ――だって、普通に考えて可笑しかった。

 いつも何処か棘がある優莉が影の前では一人の女の子としており、いつもマイペースで甘えん坊の影が戦場では皆の中心に立ち活躍。そして、周囲が喜びの歓声をあげる中、何処か一人悲しそうな顔をする。


 ――『古き英雄』とは一体何なのだろうか?


 そんな疑問を抱かせた影と優莉が優美の元に歩み寄って来た。

 自分は本当に影の横にいていいのか……そんな疑問が胸の中で生まれ大きくなり何て声をかけていいかわからなかった。


 だが――そんな優美の気持ちなど知らない、影はいつもの優しい声と口調で言う。

「お疲れ様。よく頑張ったね」

「……あっ、うん」

「これでノーブルイヤン街は護られた。そして、俺達の勝ちだよ」

「…………うん」

「どうしたの? そんなに困った顔をして?」

「……優美さん? 少なくとも貴女が護りたかった物は全て無事よ。ノーブルイヤン街もそこに住む民達もね。だから、そんな顔をしないで」


 二人の優しさに優美の胸が痛くなった。

 そして、影が何の為に戦ってくれたのかを考えて見る。

 すると、見返りを求めない影の行動全てが。


 ――感謝にしか繋がらなかった。まるでダムの決壊が壊れたかのように溢れる雫に素直に従って口を開く。

「……本当に……ありがとう……ございました。街をそして民を護ってくれて……本当にありがとうございます。 ぐすっ」


 涙で視界がぼやけながらも、しっかりと感謝の気持ちを伝える。

 すると、優莉が正面に来てしゃがみ込み、ヨシヨシと頭を撫でる。

 それが最後の引き金をひいたかのように白井優美が声を出して大泣きする。


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