第一章 歌う総隊長

第12話 影と優美の演習 前編


 目的地は『高丘の演習場』(おかのえんしゅうじょう)で家からは少し距離があるので影の家の前にあるバス停からバスに乗り行くことにした。二人が家を出るタイミングを狙ったかのようにバスが来てくれたので影と優美はそのままバスに乗りこんだ。


 影と優美がバスに乗って十分ほどすると目的地に着いた。『高丘の演習場』(おかのえんしゅうじょう)に二人が着くと思っていたより人が少なかった。今日は平日と言えいつもの半分も人がいなかった。


「どこかの街が魔人からの攻撃を受ける前はいつもここは人が少ないよね」

「そうだね。でもしょうがないよ。一般の人には詳しい事は言えない。魔人がいつ頃攻めてくるとか、こちらがいつ攻めるとかは軍の上層部と各街の上層部しか詳しい事は知らないから」

「まぁ、それもそうだね」


 影と優美はガラガラの『高丘の演習場』を歩き、その中でも人が普段から少ない奥の方まで移動する。影と優美が目的とした場所まで着くとそこには誰もいなかった。影は更に奥に二人分の魔力反応がある事に気付いたが距離的にも流れ弾(魔法)が飛んで行ったり、流れ弾(魔法)がこちらに飛んでくることもないと判断して優美には黙っていた。影が優美を見ると、とても集中していた。今の集中力を切らせるには勿体ないと影は思った。


 ――両者が距離を置き向かい合う。


「いつでもいいよ」

 余裕の表情を見せる影に優美は警戒し周囲の魔力量の計算をする。現状二人の周囲にはそんなに多くの魔力はないが先日影の古代魔法を見た優美は直感で危険を感じていた。


 それは影の古代魔法を使う時の魔力還元率が異常に高く、少量の魔力だけでもかなり強力な魔法を短時間で構築して使ってくる事にあった。影は優美を見て笑っているが、右手には魔晶石を一つ持っていた。魔晶石を割ると魔晶石が溜め込んでいた魔力を周囲に放出する。また、魔晶石から直接魔力を吸収すれば現代魔法を影が使ってくる事は容易に想像ができた。


「来ないの?」


 笑顔で聞いてくる影に優美は最初から持てる全てを使い全力で攻める事に決めた。かつてオルメス国を五千を超える魔人の襲撃から救った最強にして最後の防衛線とまで魔人たちに呼ばれた『古き英雄』。そんな相手に手加減をしていては絶対に勝てないと思った。


 何より手加減をする余裕など優美にはなかった。数々の異名を持ち、オルメス国の誰しもが知っている名。それは、ただ単に付けられた名ではなく、戦果によって付けられた名である。本人にその自覚がなくてもオルメス国の人間の中ではそれは当たり前の事としてある。前線を離れた今でも影の背中を追い続ける者は沢山いる。それだけ、影は凄いのだ。自身で魔力を練れない欠陥品と数年前まで世間から馬鹿にされておきながら、諦めずに努力してここまで来た。


 この事実は各街の統括者やその親族達の中では有名な話しだった。


 ――ゴクリ。


「なら遠慮なく」


 優美が大きく深呼吸する。

 そして、息をゆっくり吐きながら。


「来なさい。魔力銃」

 優美の言葉に合わせて上空に八個の魔力銃が出現する。同時に魔力を媒体に白く美しくも輝く剣を生成して手に持つ。剣は純白の白、直径一・二メートル、重量四キロと魔力を媒体にしているからこそできる構造であった。何よりこの剣の恐ろしい所は剣に魔力を流せばコンクリートの壁程度なら紙を裂くぐらい簡単に切れる所だった。魔力銃は毎秒二・五発と何ともバカに出来ない魔法の銃弾が影を狙い優美を躱しながら襲い掛かっていく。魔力銃一つに付き毎秒二・五発なのでそれが八個で毎秒二十発の魔法の銃弾が影に向かって飛んでいく。


 ブランクがある影にこれはやり過ぎかと思ったが、その思い込みがすでに誤りだった。優美が影を見ると、魔力銃の銃口から放たれた魔力の銃弾を時に剣で斬り、時に躱していた。人間離れした動きを見せる影に優美は爆(は)ぜるように動く。


 キーン


 二本の剣が衝突し高い金属音を鳴らす。それは一度ではなく二度、三度、四度、……と何度も何度も。優美の圧倒的な攻撃量に対して影は魔力を周囲に放出しレーダー変わりに使い、剣で銃弾と優美の剣を防いでいた。


「流石ね。でもその余裕がいつまで続くかしらね」

 優美は真剣な表情で影を見つめる。

 優美の目は影の全ての動きを見て分析するように鋭い視線であり、今も何処か笑顔でこの状況を楽しんでいる影に対する警告でもあった。


「さぁ? でも魔人ならこの倍以上の手数を叩き込んでくるからね」

 優美を挑発する影。

 まるで、パートナーとして相応しいのかを試しているような口ぶりだった。本来であればこれだけでも普通の相手なら勝てる。もしくは判断能力を鈍られたり、余裕をなくすことが出来る。

 だけど、影には意味がなかった。


「私を舐めないで!」

 剣に体重を乗せて影の態勢を強引に崩す。これで今も影の前方から雨粒のように降りかかる魔力の銃弾が影の身体を貫くと確信する。だが、ここで攻撃の手を休めれば決定打にはならないと直感で感じ、剣でも追撃する。


 ――銃弾と剣の攻撃に隙はない。


 少なくとも優美はそう思った。

 態勢の崩れた影が反撃してくるとは到底思えなかったし、何より決定打にはならずとも大ダメージを与えられると思った。


「影が油断してるからよ」

 優美の言葉を聞いた、影の表情から笑みが消える。


「そうだね。なら俺からも一つ。詰めが甘いよ、優美」

 影が持っていた剣をまるで杖のように地面に刺し、そのまま剣を軸にして身体を空中に浮かせてアクロバットで剣の攻撃を躱す。そして、魔力障壁を使い銃弾から身を護る。連続攻撃で空中にいる影を斬ろうとすると、今度は剣の柄を片足ジャンプの土台にして後方に大きくジャンプした。


 魔力障壁――魔力を使い魔力の壁を生成する魔法。強度は使用者の魔力量と精度に比例する。


「うそ!?」

 思わず優美が声を漏らす。

 こんなでたらめの動きをする者等、優美の知る戦場には今までいなかった。

 普通の相手とは違う、そう考えるほかなかった。


「これが総隊長クラスってわけね」

 悔しいが優美の今の状態では影のお遊び程度にしかならないと認める。

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