古き英雄の新たな物語
光影
序章 魔力を持たない天才魔術師
第1話 白井優美との出会い
――夢を見た。
嫌な夢だった。
かつて影が命懸けで封印した魔人王が話しかけてくる夢だった。
「仕方がない……起きるか……」
カーテンの隙間からギラギラと眩しく照り輝くように差し込んでくる太陽の光に誘われてベッドから出る。そのまま、寝室のカーテンと窓を開ける。外を見れば、四月三日ということもあり、春を代表する一つ、桜の花びらが咲き誇るだけでなく何枚かの花びらが風に揺られて宙を舞っていた。窓から入ってくる太陽の光と朝方の少し肌寒くも新鮮な空気を全身で浴びながら背伸びをする。
「ふはぁ~、気持ちいい~」
喉(のど)が渇(かわ)いたのでリビングに行き、ケトルに水を入れ沸(わ)かしインスタントコーヒーを作って飲む。ただ、影が飲んでいるインスタントコーヒーは他の誰かが見たら砂糖と牛乳が大量に入っており最早それをコーヒーと呼べるのだろうかという疑問があった。当然、それを飲んでいる本人はそんな事を気にしていないのかロビーのソファーにくつろいでコーヒーを味(あじ)わいながら美味しそうに飲んでいた。
「うん。とても甘くて美味しい」
そんなこんなで朝の時間を優雅(ゆうが)に過ごしていると家のインターホンが鳴る。
ピンポーン
音に影が反応する。
「ん? こんな朝早くに誰だ……」
影はこんな朝早くに誰だろう? と思い一旦コーヒーを目の前にあるテーブルに置き考える。
……。
…………。
「う~ん。わからん」
結局、考えた所で何もわからなかった。
「これは、居留守が賢明かな?」
そんな影の言葉と同時に、
「起きてますか?」
玄関から聞こえて来た声に影が悩む。影の家に来る人物と言えば影の過去の経歴を知っている人間ぐらいだが玄関から聞こえてくる女の子の声には聞き覚えがなかった。
「すみませーん?」
ピンポーン
「新聞屋じゃないんだから……全く……」
影は念のため警戒し、近くにあった魔力石を手に取り玄関に行く。
魔力石は石に魔力を保存した物で石を割る事で魔力を周囲に放出する、言わば魔法発動の為の補助アイテムである。また、扱いに慣れてくれば魔晶石から直接魔力を吸収する事も可能である。影は生まれつき体内で魔力を生成することが出来ず、現代魔法は自力では使えない。使えるのは古代魔法と魔力石を使う事で補う事が出来る魔力量の現代魔法だけである。三年前の戦いで影はこの国唯一の古代魔法を使う魔術師として戦場に立ち四つの街を守った。今までの戦果が凄すぎて全権代理者兼総隊長だった影の実力は未だに未知数と言うのが世間の評価であった。
影が警戒しながら玄関の扉を開けると、一人の女の子が立っていた。
「初めまして、私ノーブルイヤン街に住む白井優美と言います」
優美は影を見て一礼する。
「どうも。あの~ご用件を聞いてもいいですか?」
礼儀正しく挨拶と自己紹介をする優美を見て、影は警戒する人物ではないとその場の雰囲気から判断して会釈をしてから手に持っていた魔晶石をさり気なくポケットにしまう。
優美は、ピンク色の長い髪に綺麗に整った顔立ちと誰が見ても美人の部類に入る少女だった。また、笑顔が素敵で背丈は影より少し低いぐらいだった。
「あの時は私を助けて頂きありがとうございました。本日はそのお礼と一つお願いがあってお伺いしました」
影はノーブルイヤン街と言う街を知っている。影が三年前、オルメス軍に総隊長として所属していた頃に魔人の来襲により影が直接戦場に出向き守った街の一つだったが、残念ながら白井優美と言う女の子は知らなかった。
他の誰かと勘違いしているのかもしれないと影は思う。
「はぁ……人違いかと思いますが」
影は首を傾けながら優美に呟く。
「あの時と言うのが三年前のお礼と言っても同じ事を言われますか?」
影が考える。
朝早くから来た優美という少女が急に三年前の話しを持ちだしてきたことに違和感を覚える。今さらそんな話しを持ちだして一体何を考えているんだ? そう言った疑問が影の頭の中で生まれた。その為か少しばかり不自然な間が空いてしまう。そもそも影としてはあまり思い出しくない記憶であり、出来る事ならずっと忘れていたい記憶でもある。
「……はい」
影の一言に下を向く優美。
「何故とぼけるのですか?」
「別にそうゆうつもりじゃ……」
「影様ですよね?」
「えっ………」
優美の一言に影は一瞬言葉を詰まらせる。影を様付けで呼ぶのは三年前にオルメス軍にいた部下ぐらいだった。立場上戦場に直接出る事があまりなかった影の素顔を知る人間は王都でも限られた人間しか知らない。当時、今は亡き先代国王の命令を受け、黒と白の仮面をつけて表舞台に出ていた。
「タダでとは言いません。必要なら私の全ての財を差し上げます。足りないなら私の身体と心の全てを差し上げます。だから……もう一度……私達の街をお救いしてはくれませんか?」
優美は下を向きながら履いていた水色に桜の花びらがデザインされたスカートを両手で力を込めて悔しそうに握りしめる。それに合わせるように影がさりげなく優美の顔から全身に視線を動かすと、上もしっかりと春をイメージしてかピンク色のカーディガンと明るい色をベースにオシャレをしていた。簡単に身体も心を差し出すと言ってきた優美に影は話しを聞いてあげることにする。女の子がそんな事を言えば今の時代、男の玩具となる可能性がある。それを正しく理解した上で影にこの話しをする優美の覚悟を無駄には出来なかった。
敵意がない事が分かったので影は微笑みながら、今度は素の影で話すことにする。
「女の子がそう言う事を簡単に言ったらダメだよ?」
「私の未来は影様が私をあの日救ってくれたから今があるのです。その影様が望むなら私は全てを捧げるつもりです。だからお願いを聞いてはくれませんか?」
朝早くからとてつもなく重たい話しをしてくる優美に影は夢の件もあるし無視するにはタイミングが悪すぎると考える。
「詳しい話しを聞いてあげるから顔をあげて。それにここは人目につくから中に入って」
「……はい。ありがとうございます」
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