第24話 決心


 さっきの会話で分かった事があった。魔人は最初からノーブルイヤン街を本気で潰しにかかって来ていた。相手を油断させる事こそが魔人達の目的であり、その為に比較的少数でここまで来ていた事に気づく。敵の本当の指揮官は相当頭がキレる。まさか高位魔人(レベル七)が攻めてくるとは流石に思ってもみなかった。


「くそっ……まさか魔人王の部下、それも側近クラスとは…やってくれる…」


 影はノーブルイヤン街に行く前にある場所に寄り道することにする。非常時だからこそ先に行っていかなければと思った。目的地を迂回する形である場所に向かって走る。


 影が一生懸命走る。


 息が苦しくなり、流れる汗すら無視してひたすら走った。


 そして、杏奈がいるノーブルイヤン街に設置された王立大学病院に着く。守護者が重体の時に搬送される病院は全て現地から近く王都が直接運営している王立病院に限定される。元々総隊長として軍にいた影にはすぐに杏奈がここに運ばれている事が美香との会話からわかった。受付を抜け、専用IDを使い院内を駆ける。杏奈の病室は最上階の個室と決まっているのでそのまま一直線で杏奈がいる病室まで行く。


「クソッ……どうか無事でいてくれ杏奈」


 杏奈の病室が近づくに連れて影の不安が大きくなる。美香の慌てようから命の危険がある状況かもしれないと頭が考えてしまう。嫌な予感に支配されながらも、どうか無事でいて欲しいと矛盾した気持ちと戦いながら最後の曲がり角を曲がる。


 そして、ようやく辿り着いた杏奈の病室にノックする事すら忘れて慌てて病室に入る影。


「杏奈!」


 影の声が病室に響き、杏奈が気づく。

「あらっ、そんなに慌てて影様どうされました?」


 あまりにも平然と答える杏奈に影は別の意味で言葉を失う。美香の言葉と声のトーンからてっきり意識がなく、生死も安定しないような状態かと思っていたばかりに影は安心すると同時に頭が状況整理できずにパンクしてしまい考える事を止める。


「美香から重傷って聞いたんだけど………」


 影の表情と言葉から杏奈が状況を察したのか申し訳なさそうな表情になる。

「申し訳ありません。私が不甲斐ないばかりに無用な心配をかけてしまい」


 杏奈が影の顔を見て、頭を下げて謝罪する。

「確かに先程までは生死の境をさまよっていましたが、今は見ての通り大人しくしていれば大丈夫です。これも科学と魔法が発展してくれたおかげです」


 影が杏奈の言葉を聞きながら顔を見ると、杏奈の表情は笑顔ではあったが何処かぎこちなく感じた。顔をよく見ないと分からない程の変化だったが、影の為に無理をして心配を掛けないようにしているように見えた。


 この時、杏奈からは本来あるはずの魔力反応を一切感じられなかった。


「そっか。でも本当に生きててくれて……本当に良かった……」

 杏奈が使っているベッドの横まで行き、近くにあった椅子に座る影。安堵した影の頬に涙が流れる。それを見た杏奈が影の手を優しく小さい手を使って握り心臓の位置まで持っていく。


「私の鼓動が聞こえますか?」

 杏奈が自分の胸に影の手を押し付け、しっかりと自分が生きている事を影に実感させてくれる。

 影の手を通して確かに伝わってくる鼓動。


 ドクン、ドクン、ドクン


「うん」


「ほら、もう泣かないで下さい。影様はいつも私達に何かある度にすぐ泣いてしまう癖をいい加減治さないとですね」


 杏奈が生きている事に安心した、影が涙を流しながら頷く。

 強がる影を杏奈は自分の方に引き寄せて、今度は影の顔を自分の胸に当て、頭を撫でる。


「だって……」

「優し過ぎです。でもそれが影様のいい所です。誰かの事を本気で心配してくれる貴方様だからこそ私達は今でも影様を心からお慕いしております」

「ごめん……本当にごめん。でも生きててくれて本当に良かった。そう思うと……」


 影が泣きながら必死になって掠れる声を振り絞って杏奈に謝る。影から零れる沢山の涙が杏奈の胸の谷間に落ちていく。その涙には、影の温もりが確かにあり、杏奈の事を本当に心配していた事を証明していた。


「泣き虫なのは三年前から変わらずですね」

「……うっ……うっ」


「あの日も会った事はなく、顔すら知らない死んだ三百人の為に全てが終わった後一人泣いておられましたね。その後、何事もなかったかのように女王陛下と面会し全ての責を負い辞職されました。それだけの力を持っていながら影様は理想が叶わぬ夢と知りながらまだその理想を追いかけるのですか?」

「……うん」


「戦場で誰一人死なない世の中等この世にはありません。それでもその理想を追いますか?」

「……もちろん」


「ではその理想を叶える為に今後も必要に応じて私達を導いて下さい。その理想に共感した私達はいつまでも影様のお力になりますし、いつまでもお側にいますから。そして、表舞台から消えたままの影様に変わり私達がその理想を叶えると約束します。その理想の中に私達守護者のそれぞれの願いもありますので」


 杏奈が微笑みながら、胸に顔を埋めて泣く影の顔を優しく両手であげる。

「ありがとう」


「はい」

 影の言葉に杏奈が笑顔で答える。


 影は、杏奈の笑顔を見て今一度、自分が何をすべきかを思い出す。

「杏奈ありがとう。俺もう一度、自身の理想を叶える為に戦場に行くよ」


 影が決心する。


 優美から相談を受けた時は、ブランクがあり迷ってしまったがもう一度自分の理想を叶える為に戦場と言う表舞台に立つことを。今度は軍人としてではなく、かつてオルメス国を救った『古き英雄』として。何よりただ大切な人達を護りたい一人の非正規のフリーの傭兵として。

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