第16話 杏奈の悪い顔


 少し間をあけてから質問する。

「ところで、どうしてここに来たの?」


 ため息を吐き、下を向いていた杏奈が影の言葉を聞いてすぐに顔をあげ真面目な顔をする。

「総隊長の護衛です」


「そっかぁ。なら、優莉は何処にいるの?」

 杏奈の視線がはるか遠くに向けられる。


「あの丘で歌っています」

 杏奈が指を指した先を影が見ると腰下まである薄紫色の髪を風になびかせながら歌っている女の子がいた。距離が遠く肉眼では確認できなかったが影は体内の魔力を使い視力補正をすることで解決した。

 一人気持ちよさそうに歌う優莉を確認した影が急に黙る。


「………………」

 急に黙った影の顔を杏奈がのぞきこむ。


「どうしましたか?」

「………………」


 今度は身振りを入れて影の視界に入る杏奈。

「影様?」


「…………何で今歌ってるの?」

「優莉様が日々のストレス発散に人が少ない所で思いっきり歌いたいと言ったからです」


「この非常時に?」

「はい」


「そっかぁ……優莉って戦場でもマイクを片手に持って歌う時が合ったけどまだ歌ってるの? まぁ補助魔法を歌に乗せてるから別に否定はしないけど……今は総隊長でしょ……。総隊長が戦場に出て仲間の補助メインって……普通ないよね?」


「相変わらず影様がいた時と変わりなく歌ってますよ?」

 即答する杏奈に影がため息を吐く。


 総隊長が戦場でマイクを使い、歌を歌い部下を鼓舞するなど、世界的に見ても優莉しかしないだろう。そもそも歴史的にもそんな人は影の記憶が正しければいない。部下の責任は上司の責任とよく言うが影は三年前までは優莉の歌が何だかんだ好きだったので「歌っていいよ」と言っていた過去の自分を殴りたくなった。


 勿論それ以外のちゃんとした理由もあった。


 だが、今、思えばとてもバカな事をさせていたなと思う。

 いっその事、軍を抜けて歌手になったらいいんじゃないかと思うがそれはオルメス国の軍事力の関係上優莉には申し訳ないが出来ない。オルメス国の軍事力が三年前、影が軍を抜けた事によりかなり戦力ダウンしており、もし優莉にも抜けられたらこの国は間違いなく魔人達の手に落ちる危機に直面する事になる。それを女王陛下と守護者は分かっているので申し訳ないが彼女の我が儘を聞く形で黙認するしかなかった。



「そもそも歌を許可した優莉の上官ってどんな人なんだろう……」


 影が思わず口にした言葉に杏奈がとても冷たい視線を影に向ける。

「あっ……」


「影様です!」

 杏奈の言葉に影は墓穴を掘ったと反省する。

 影が助けを求めて優美を見るとクスクスと楽しそうに声を押し殺して笑っていた。


「ねぇ、影?」

「どうしたの?」


「総隊長さんにも私会ってみたいのと、その総隊長さんの歌を近くで聞いてみたい」

 優美の言葉に影が悩む。


 本来であれば優美の立場では守護者である杏奈と直接話す事もどうなのかと言う問題がある。これは優美だけでなくオルメス国の独自制度の関係である。それだけ女王陛下の守護者と呼ばれる杏奈は凄い人間なのだ。その更に上である、今ではこの国の実質No,2の発言力を持つ優莉に優美を会わせるのは事情を知っている影には抵抗があった。今の女王陛下は影と同い年でとても若い。両親は三年前の戦争で死に一人娘だった事もありそのまま今の女王陛下が誕生した。


 その女王陛下は意外にそう言った決まり事を遵守(じゅんしゅ)するお方なので影はバレないか不安に思う。聞いた話しでは優莉は女王陛下の前では素直なので聞かれたら全部答えているらしく、影の事以外は全て筒抜けとなっていた。

 影が優莉の元上官であり、今の女王陛下より未だに信頼されているのか影の頼みだけは忠実に聞いてくれていた。影が優美の事を黙っていて欲しいと言えば全てが解決するのだが、昔の立場をこんな事で使うのは正直気が引けた。


「どうされました?」

 難しい顔をして悩む影に杏奈が声をかけてくる。


「いや、……優美が優莉に会いたいって言ってるんだけど……どうしようかなって」


 影の言葉に杏奈が腕を組み何かを考え始める。

「う~ん、そうですね~」


 しばらく影が待っているとどうやら考えがまとまったのか杏奈が口を開く。

「本来なら女王陛下が……ってなりますが、私が上手く誤魔化しますので会わせてあげてもいいかと」


「え? でも……」

「影様の頼みって事にしておきますので。それに何だかんだ私以上にあっちが会いたいと思いますし……」

 杏奈が悪い顔をする。

 これは後で杏奈が優莉に至らない事を吹き込むと想像がついたが影は好意に甘える事にする。


「ありがとう」

「はい。ではご案内します」

「杏奈さん、ありがとうございます」

「気にしなくていいよ。もしもの時の責任は私とそこにいる元総隊長であり時には全権代理者だった影様でとるから」


 杏奈がわざとらしく声を大きくして影を見てくる。

「あはは……俺もなのね……」


 杏奈に案内されて優莉の近くに行くと歌が影と優美の耳に聞こえてくる。


 優美の希望で三人は立ち止まり、その場でしばらく優莉の歌を聞く。

「杏奈、この歌の歌詞ないの?」

「ありますよ。今から送りますね」


 影の言葉に杏奈が通信機の端末を操作し影の通信機の端末に送信する。

 杏奈から送られた歌詞を影と隣にいた優美が一緒に見ながら優莉の歌を聞く。


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