第28話 先に教えて欲しかったこと
影は優莉の気持ちも優美の父親の気持ちも何となく分かるので両者が納得できる形で動くことにする。それが一番効率がいいと考えた。まずは、優莉の悪くなった機嫌を元に戻す為に影が優莉の頭を撫でると少し照れくさそうにしつつも笑顔になる。影にはよく原理がわかないが優莉は影に頭を撫でられるのが嬉しいみたいだ。本名白井哲也、ノーブルイヤン街統括者にして優美の父親をどう説得するか考えていると、影の考えを察してか優莉が口を開く。
「哲也さん?」
何処か冷や汗をかく哲也。
「……はい」
「とりあえず今回の件は後でお話ししましょう。それと勘違いしないでください。影様がその気になれば貴方一人をこの世から抹消(まっしょう)すること等簡単にできますよ?」
とても怖い事をサラッと言う優莉に影が驚く。
(えっ? そんな事は絶対にしないけど……。てか、それは絶対にしたらダメなやつだからね、優莉?……)
「それと、貴方が生きていた事実その事ですら魔法を使えば全員の記憶から消せますので次は気を付けてくださいね?」
(流石にそれは俺でも出来ないから……。せめて個人ならともかく全員って一体何万人がオルメス国にいるか知ってるの。てかその満面の笑みが一番怖い……)
影は優莉の言葉に黙って聞く事しかできなかった。影を馬鹿にした哲也に対して優莉が怒っており、これは最終警告なのだろうと影は考える。昔から優莉が起こる時は大抵が影絡みでは合ったが、そこは今も変わらずのようだ。
「も……もっ勿論でございます」
影が見ると哲也は顔から凄い量の汗を流し、優莉の顔色を伺いながら返事をする。
「影様、先程はご無礼を働き申し訳ありませんでした。どうぞご自由にされてください」
哲也が深々と頭を下げる。
影としては別にそこまで気にしていなければ、この国ではある意味当たり前の光景なので別に謝罪をしなくても許すつもりでいた。周りから見た優莉はきっと影が思っている以上に怖いのかもしれない。影からしたらいつも頭を撫でるとニコニコする優莉はとても可愛くて、やる時はやる、頼りになる女の子である。
「別に気にしておりません」
「はぁ……そう言って頂けるとこちらとしても嬉しい……いえ、ありがとうございます」
哲也が優莉の冷たい視線を感じたのか途中で言葉を言い直す。
影は何だかんだこの二人見てて面白いなと思った。
「先に言っておきますけど、影様に対して次舐めた事を言われれば私は哲也さんの敵になりますので、どうか気をつけてくださいね」
「はっ……はい」
哲也が疑いの視線で影を見てくる。
「先に言っておくけど、本物ですよ。影様の前では私は足元にも及ばないわ。魔力を持たない天才魔術師は影様のこと。何よりすぐに本物かどうかわかると思うわ」
返って来たのは、哲也の沈黙だけだった。
それだけ、哲也の中では驚くべき事実が沢山あって消化し受け入れるのに時間が必要なのだろう。
「…………」
――。
――――。
影が近くに合った椅子に座ろうとすると、優莉が影の手を掴み別の椅子がある場所に連れていく。
「影様はここに座って下さい」
「あっ、ありがとう」
影は優莉に案内された司令室にある全てのモニターを一望でき、周りとは違い何処か高級感溢れる椅子に座る。影が背もたれに寄りかかって現状を確認していると優莉が影の隣に立つ。
「座らなくていいの?」
「はい」
優莉が深呼吸をして、通信兵の不安をかき消す。
「今回、元総隊長である影様をお呼びした理由はただ一つです。皆さんが知っているように守護者である杏奈が黒の剣士に先日やられました。レベル七が動いた、その事実に対して、オルメス国はこう決断しました。こちらも魔術原書を使い対抗すると。これがオルメス国の総意です。ですから、全員よく聞いてください。現時刻を持ち陣頭指揮を総隊長である私から人類の希望、魔術原書である影様に委託(いたく)します。影様の意思そのものが私の意思です。全責任は私が取ります。ですから皆さんは影様を信じて戦ってください」
杏奈の件があり、何処か暗かった司令室が優莉の言葉を聞いて少しずつ元気になっていく。総隊長の余裕ある表情が皆に安心感を与えていた。影が昔よく使っていた手をいつの間にか優莉も使うようになっていた事に少し驚いたが、よく見ると優莉の手が震えている事からやはり皆を安心させる為の演技だとすぐに気づく。通信兵十七名が頷き、視線の先が仕事に戻り止まっていた手が忙しく動き始める。
「申し訳ございませんが、そうゆうことで陣頭指揮をお願いしていいですか?」
この状況で断れる者がいたらそれはある意味『空気が読めない勇者』と呼んでもいいだろう、影はそう思わずにはいられなかった。別に断る理由もないので別にいいのだが……。せめて先に教えて欲しかった。てっきり黒の剣士だけを倒せばいいと思っていたから。
「うっ、うん」
戸惑う影。
「ん?」
顔を覗き込んでくる優莉。
「何もないよ?」
最後は笑って誤魔化す影。
「あはははは……」
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