第27話 偽物だと思われた者


 二人が司令室の中心部に到着すると、十七名の通信機を頭に付けた通信兵と落ち着いた色の着物姿で貫禄(かんろく)がある年配の男が一人いた。影はこの男を知っている。今まで直接会って話した事はないが、総隊長をしていた時期に資料や部下の報告を通して色々と知っていた。


 優莉と影が司令室の中心部の方に歩いて行くと、貫禄のある男が後ろを振り返る。


「ん? 優莉様やっとお戻りになられたのですか」

「えぇ。それで私が不在の間に何か変わった事は?」

「何もありません。……ところで、その後ろにいる者は?」


「無礼をわきまえなさい哲也。私の後ろにいるお方は影様でかつての私の上官です」

 優莉が何かに触発(しょくはつ)されたように反応する。

 優莉の声が緊張感で満たされ静かな司令室全体に響き渡る。


 今度は哲也の低い笑い声が響き渡る。

「あはは。ご冗談を」


「…………」


「優莉様の元上官と言えば元総隊長しかいません。だけど、あの総隊長は三年前女王陛下の命(めい)に背(そむ)き軍を出ていきました。そんな裏切者が前線に戻ってくるわけないでしょ。それによく見ればただのガキじゃありませんか、魔力反応も殆どない――」


 哲也が影を馬鹿にする。

 どうやら、偽物だと思われているらしい。


 三年前は影に近しい者以外には殆ど素顔を見せていなかった。先代国王の命令で素顔を仮面で隠していた為である。なので、哲也が影の素顔を知るわけがない。だから影としてはまぁ哲也の気持ちが分からなくもなかった。魔力反応が大きければ大きい程、単純に強い。だから今の影の魔力反応だけで考えればそう思われても仕方がなかった。権力に酔いしれ偉そうな態度を取る哲也に影は呆(あき)れて怒る事すら面倒だと思ってしまった。


「――そんなガキが元総隊長? 優莉様は何を言われているのですか。流石の私でもそんなご冗談に今は付き合っていられ……」


 この国は本当に立場や地位によって力関係が大きく影響を与えるのだとつくづく実感する。影が呆れて哲也から視線を移し優莉を見ると、口角の右半分を上げ、右拳に力が入っていた。


 ――マズイ。


 ――このままでは、マズイ。


 ――統括の身が。


「今すぐ、口を閉じなさい」

「……ないですよ。そうだろガキ? いいか? ここはガキが来る場所ではない今すぐ帰れ」


 その時、偉そうにしていた哲也の口が止める。


 いや、口を止めなければ死ぬと人の持つ生存本能が判断したと言った方が正しいのかもしれない。理由は誰が見ても明白だった。優莉が殺意を向け優美の父親の顔を目掛けて魔法を使い目にも止まらぬ速さで殴りかかった。それを影が周囲にある魔力を利用し、同じく高速移動して優莉の拳が優美の父親に当たる寸前で止める。突然の事に通信兵には二人の動きが全く見えなかったらしい。その証拠に二人を見ていた通信兵の先程まで忙しく動いていた手が完全に止まり口をポカーンと開けていた。影のおかげで寸止めと言う形にはなったが、優莉の拳から放たれた風圧が哲也を襲い一瞬で全てを支配する。


「優莉?」

「離してください。私達の絶対的な英雄を馬鹿にし侮辱する者をこの場においておくことはできません」

「今はそんなことどうでもいい」

「よくありません!」

「とりあえず落ち着いてモニターを見てよ。魔人が最後の戦闘準備を始めたから。拠点が戦闘態勢に入りだしてるから」

 影の言葉を聞いた優莉の視線がモニターに移る。

 影の言葉にどうも納得がいかないのか優莉は影の顔を不服そうに見ながらため息を吐く。

「はぁ……。わかりました。今は魔人に集中する事にします」

「うん」


 優莉の拳から力が抜けたのを確認し、影は掴んでいた優莉の手首を放す。

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