第26話 弱気な総隊長


 影が走りながら考える。

 三年と言う長い時間の中で平和ボケした人類が魔人と再び衝突した時に被害がどれくらいになるのだろうかと。それは影も例外ではなかった。影も皆と同じく病室で杏奈と会うまでは何とかなるだろうぐらいの気持ちでいた。その油断が招いた結果は決して優しい物ではなく影の胸をこれでもかと言うぐらいに強く締め付け攻撃してくる物だった。


 だけどそのおかげで自分の甘さに気づく事ができた。そして仲間が死んだときの後悔や悔しさと言った感情を思い出す。今回の戦いは魔人王にとっても影にとっても負けられない戦い。だからこそお互いに必死になる。今ノーブルイヤン街付近で待機している魔人達との戦いはその始まりに過ぎないのかもしれない。オルメス国存続の希望を残す為にもこの戦い絶対に負けられないと影は心の中で思う。


 ノーブルイヤン街に向かって影が走っていると、通信機の端末が鳴ったので耳に付けている通信機を操作して返事をする。


「もしもし?」


 すると、優莉の声がすぐに聞こえてくる。

『影様ご報告です。魔人が陣を組み展開を始めました。こちらも美香を中心として陣を組み展開を始めています。私と街の統括は指令室で待機して映像で現状把握をしている状況です』


「それで、高位魔人(レベル七)と敵の指令官(レベル五)と補佐官(レベル四)は今どうしているの?」


『黒の剣士はまだ戦場に姿を見せておりません。司令官と補佐官はそれぞれ大隊長、中隊長をしているように見えます。ただ、一つの大隊を中心とした隊とは別に小規模な小隊がいくつか確認されています』


「なるほど。なら優莉はそのままその場で待機して陣頭指揮を」


『かしこまりました。それで影様はこちらに向かっていると、美香から聞きましたがいつ頃到着予定となりますか?』


「後、十分前後かな」


『かしこまりました。では可能な限り美香に指示して時間稼ぎをします。まだ向こうもこちらを警戒しているのか今すぐには動きそうにありませんので』


「わかった」

 影が返事をすると優莉との通信が切れる。

 少しでも早く優莉達の元に行けるように影は全力で走った。



 影が戦場に着く。

 戦場の雰囲気からのんびりしている時間はないと判断した影は素早く状況を把握する為に魔力感知を使い周囲にある魔力の流れから現状の把握を始める。


「お待ちしておりました。申し訳ございません。あの日、影様から任された身でありながら力を貸して欲しいと無茶を言ってしまい」

 影の顔色を伺いながら謝る優莉。


 優莉の後ろを歩き司令室まで案内される影としては今はそんな事はどうでもよかった。大事な元部下が大怪我をして、更に犠牲者を増やそうとしている。その事実だけで影が動く理由は確かにあった。影はオルメス国やオルメス国の為に頑張る皆が好きだ。その皆が苦しむ姿は見たくなかった。


「気にしなくていいよ。何より黒の剣士が動いた。それが一番の問題だからね」


「レベル七……失礼いたしました。影様は高位魔人(レベル七)と呼ばれていましたね。魔人の中でも数人しかいないと言われている高位魔人(レベル七)が直接動くなど人類と魔人の戦争が大規模になった時以来です。現状黒の剣士に対抗できる人間は今のオルメス国にはいません。ただ一人、三年前……人類だけでなく魔人にまでその名を轟(とどろ)かせた天才魔術師『古き英雄』を除いては」


 何処か弱気に見える優莉を影が導く。

 何処か優し気な表情と優しい口調から真剣な表情になり声のトーンが少し低くなる。優莉はまだ心の何処かで『古き英雄』を頼ろうとしている。


 ――それは間違いである。

 ――影も人間。神ではない。

 ――いずれ死ぬ運命からは決して逃れられない運命(さだめ)の中で生きている。


「優莉?」

「はい」


「勘違いするな。俺より強い魔術原書も高位魔人も存在する。だから、俺を使うのはいい。だけど、心の安定には絶対に使うな。もし、周辺諸国最強のアルマス帝国や魔人王が攻めて来たら今の俺では間違いなく勝てない。だから、常にどんな状況からも自分達の力でどんな事態も解決できるだけの力を付けろ。少なくとも俺は優莉ならそれが出来ると信じているよ」

「……はい」

 下を向いて落ち込む優莉。声に少しばかり元気がなくなる。


「まぁ、今回は俺が何とかするから。杏奈の件もあるし黒の剣士は俺が相手するよ」


 いつもの影に戻ると優莉が顔を上げる。

「はい。ありがとうございます」

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