第三章 かつて総隊長だった者

第29話 陣頭指揮 1


 影が椅子に座りながら全てのモニターを見て再度頭の中で現状を整理する。細かい所やモニターだけではわからない事は自身の魔力感知を使い補っていく。平和ボケしていた頭が忘れていた何かを思い出したように活発的に活動を再開する。


――司令官を相手に出来るのは、影を除くと現状優莉と優美の二人だけ。

――美香は部隊の中心。つまり全部隊の現場指揮を執る。下手に動かせない。

――敵の拠点の陣頭指揮官は黒の剣士、つまり拠点攻略はお互いの陣頭指揮官同士による前哨戦に過ぎない。


 慎重に戦局をどう動かしていくかを考える。


 影は過去の経験から知っていた。

 たった、一つのミスが致命傷となる事を。

 そして取り返しのつかない事になると。


 集中する影を見て、通信兵達の緊張感が高まる。


「総員、第一種戦闘配置」


 静寂と緊張が支配した司令室に響いた声。

 拠点にある沢山の攻撃兵器が独特な機械音を鳴らし次々と起動し、拠点を護る魔力障壁が全体に張られる。


「総員よく聞け! 魔人共は平和ボケした今を狙ってノーブルイヤン街を侵略しようとしてる! お前達の死は大切な者への死に繋がる事を絶対に忘れるな! だから、死ぬな! 黒の剣士を戦場に引きずり出せば後は魔術原書である影がお前達全員を護ってやる。これは元総隊長としての命令だ! 愚(おろ)かにもオルメス国に手を出した魔人共を必ず殺せ!」


 通信機を介して突然聞こえた声に戦場にいた兵士たちが雄たけびをあげ、皆の士気があがる。それは戦場だけでなく司令室も同じだった。影が小中学校の体育館の半分程の広さを持つ司令室を見渡せば全員の目つきが真剣な物に変わり、外で待機中の補給部隊も同じく真剣な目つきに変わっていた。


「凄い。何処かバラバラだった皆の気持ちが一つになった……」

 影の左後方から聞こえてきた声は驚きの声だった。


「何と言う迫力。間違いない本物だ……」

 ノーブルイヤン街の統括者にして優美の父親である哲也が一人ボソッと呟いた。

 疑っていた影が本物と知り、驚いているのか影を見て目を丸くし、持っていた杖を床に落とす。


 影がモニターの一つを操作し魔力兵器のリストと残数を表示させる。


 主砲三機、副砲二十機――魔力弾の残数約四千万発、内三機は高火力旧主砲、魔力弾頭ミサイル百五十七発、対空迎撃ミサイル八十二発、司令室の魔力残量千五百、これがオルメス国が今回仮拠点に搬入した兵器だった。


 魔力系統の兵器には全て魔力障壁が張られているので魔力がなに兵器では迎撃が不可能である。しかし、それは相手だけでなくこちらも同じ。だが、司令室の魔力残量がなくなれば兵器だけでなく司令室を護る魔力障壁もなくなる。


 目を閉じ頭の中でシミュレーションをする。


 影の頭の中で幾つもの未来が交錯されその全てに対抗する手段を考える。戦力兵器は視認する限り主砲以外の性能差は殆どなく副砲も数機少ないだけだった。つまり、後はお互いの技量次第だと言う事は見て分かった。普段から司令室の指揮をしている副指令と総隊長である優莉を補佐に付ける事も考える……。


 が、それは止めた。


 それをすると恐らく一般の通信兵だけでは影の指示についてこられないのと敵の司令官に対抗する手段を一つ減らしてしまう事になるからだ。ある程度考えがまとまりゆっくりと閉じていた目を開ける。


「副指令は全員(通信兵達)のフォロー、優莉は敵司令官(レベル五)が姿を見せたらすぐに殺しにいけ」

「「かしこまりました」」

「影様! いつでも行けます!」


 緊張で静寂となった司令室に若い女の子の通信兵の言葉が響き渡り影が頷く。


「敵、攻撃態勢に入りました。来ます!」

 次は若い男の子が報告してきた。


 モニターを見れば敵が遠距離魔法攻撃と前線部隊がこちらに向かって動き始めていた。


 影の心臓がドクン、ドクン、ドクン……と何かを訴えるかのように鼓動が強くなる。


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