第33話 陣頭指揮 5
「私達は個人で戦っているのではありません。影様を中心として戦っているのです。ですから、私達を信用し正しく導いてください。かつての影様にはそれが出来ました。私達は私達を正しく導いてくれる貴方様を望んでいます」
「副指令……」
「それにまだ負けてはいませんし、私は知っています。『古き英雄』にとってこれくらいはピンチでない事を。かつて、もっと凄い事を影様は平然としていたのですから。だから目を覚ましてください。そうすれば我らが必ず勝ちます。ですから、その為にも今この瞬間だけは魔術原書としてではなく我らの直属の上官として今一度その席に座られてください」
そう言う副指令を見て影はコクリと頷いた。
その表情に浮かんでいるのは、負けを知らない最強の自信。
そして。総隊長としての影。
「そうだな。ありがとう」
「いえ」
迷いが生じた気持ちを切り替える為に大きく深呼吸をする影。
影の瞳から迷いがなくなる。
そんな影を見て副指令がほほ笑む。
「副指令?」
「はい」
「ペースを上げる。後悔せずについてこい」
「かしこまりました」
副指令が微笑む。
「確かにそうだ。今の俺では勝てない――なら昔に戻るしかないよな」
「いくぞ、黒の剣士」
首をポキポキと鳴らし、今度は力強い眼差しでモニターを見る影。
不安で支配されていた司令室に新しい風が生まれる。
まるで、全員の不安を拭き洗うように――目に見えない暖かい何かがそこに生まれる。
「……なんだ、司令室全体の雰囲気が変わったのか?」
哲也が驚きに満ちた顔で周囲を見渡し呟いた。
「…………一体何が起きているんだ」
「まだ分かりませんか統括? 私は何もしてませんよ。ただ昔に戻っただけです。今からはオルメス軍の全員を部下としてみます。ただの気持ちの変化ですが、ここからの私は強いですよ」
唖然(あぜん)とする哲也を他所(よそ)に影が口を開く。
不敵な笑みで何かを考える影は底知れぬ不気味さで、大声で命令をする。
「全員よく聞け。今から十分だ。十分で敵拠点を落とす。そして、黒の剣士を玉座から戦場に必ず引きずり下ろす!」
「んな? バカな! この状況で十分!? ……つまり六百秒で落とすだと!?」
「人類を超えた魔人様は愚かにも人間よりも強いと勘違いしてやがる。魔人王が復活しただけであいつらは何一つ強くなっていない事にも気づかない時点で知性は人間以下だ。ホント、バカバカらしくて笑えるよなぁ?」
突然、余裕が出来たように相手を格下のように扱う影に哲也は騒然とするが、そんなことは今の影の気にした事ではない。
まるで、役者のように強者を演じる影。
本当は怖かった。内心ではここから逃げ出したかった。
だけど、それじゃダメだった。もし今逃げたら後で絶対に後悔する。
ならば、やるべきことはただ一つ。
「オルメス国には『古き英雄』がいる事を忘れているのだからなぁ!」
魔力感知でも戦場の状況を再度確認する影。
「今からオルメス軍司令室は敵拠点の制圧完了まで攻撃の手を休めない。全員気を引き締めろ!」
司令室にいた全員、そして通信機を介して戦場にいた全員に影の言葉が耳に響く。
敵が再起不能になったと判断するまで攻撃を止めないと宣言した影の言葉とそれに続く戦場に出た総隊長の言葉によって低下していた仲間の士気が元に戻る。
「主砲二機急速充填、完了と同時に敵拠点中心部に向けて撃て。魔力弾頭ミサイル一番から七番発射と同時に副砲七機を残して全機敵拠点を攻撃。旧主砲三機と主砲一機は通常充填。魔力弾頭ミサイル八番九番十六秒後、十番は二十三秒後、時間差で撃て!」
――。
今までとは違った、指示の数に通信兵が慌ただしくなる。
口調が早くなっただけではなかった、攻撃タイミングの時間指定までされた通信兵は命令プログラムを急いで入力する。
そんな、通信兵の様子を無視して、影は言葉を放つ。
「司令室の魔力障壁を五十パーセントまで出力カット、攻撃に魔力を回せ。それと同時に副砲の機関銃の威力を百十パーセントまであげるのと迎撃レンジを三メートル縮小して迎撃の精度をあげて。急いで」
「はっ、はい」
「敵魔力弾頭ミサイル――」
「上空七十メートル、角度四十度で四秒後対空迎撃ミサイル二発で対抗。魔力弾は一旦無視」
通信兵の報告が終わる前に影が指示を出す。
今まで何処か通信兵達に遠慮していたが、部下ならばそこまで気を遣う必要はないという認識に変わった影。
――!!!
「ありえない……。なんだ、この常軌を逸脱した判断速度と決断力は……失敗が怖くないのか……」
――それは、司令室のみにとどまらず全員の気持ちを代弁していた。
哲也はあまりにも信じられない光景に武者震いに襲われた。
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