第44話 絆


「なら、心臓に直接魔力を送る。少し恥ずかしいだろうけど胸元がハッキリ見えるように服を脱いでくれる?」

「……はい」


 万が一の可能性を考えて、外から見えないように、ベッドの周りにあるカーテンを閉め外からは上半身裸となった杏奈が見えないようにする。


 そして、赤面し恥ずかしがり胸元を両腕で隠す。

 そんな杏奈の両手が退(ど)くのを待ってから心臓の位置に手をそっとあてる。

 そのまま大きく深呼吸をして、慎重に魔力を杏奈に送る。

 電気回路と同じで許容魔力を超えて一瞬でも流してしまえば、一瞬で全ての魔力回路が使えなくなる。自身の魔力回路の限界は完璧に把握していても、人の魔力回路は全く把握していない。


 その為、これでもかというぐらいに最新の注意を払い手探り状態で送っていく。

 今の杏奈はただの人間と変わらない――魔力耐性が殆どない状態。

 つまり影が意図的にかなり純度を低くくした魔力でも加減を間違えれば全てが終わる。


 ――しばらくして。


 影が額に汗を流して十分ほど。

 ようやく杏奈に必要な魔力を送り終えた影が安堵のため息を吐く。

「ふぅ~。とりあえず終わり」

 早速魔力の流れを感じているのか。

「影様ありがとうございます」

 嬉しそうにお礼を言ってきた。


 だが、まだ油断はできない。

 魔力が正常に流れるかを確認するまでは。

 もし流れなければ魔力回路に問題がある事になる。

 影の頭の中が不安で膨れ上がる。


「そのまま魔力を心臓から全身に流してみて?」

「はい」


 集中するためか杏奈が目を閉じる。

 それを静かに見守る影。

 二十秒程すると、閉じていた目を開ける杏奈。


「大丈夫です。本当にありがとうございます影様」

「うん。なら良かった」


 杏奈が脱いだ服を着る。

「一つ教えて欲しい事があるのですがいいですか?」

「なに?」

「影様は何故私達を使って優美さんの願いを聞き入れてあげようと思ったのですが? 初対面のはずだった優美さんからのお願いを聞いた影様はすぐに私達に連絡をして裏で動くように言われました。何故ですか? 何故あの時、優美さんのお願いを受け入れ側におこうとかんがえたのですか?」


 杏奈が疑問に満ちた顔で問いかける。

「本来であれば王都に救援要請が来た時点で守護者もしくは優莉総隊長が部下の兵に指示を出し動きます。今まで私達に全てを任せていた影様が何故急に私達に直接お願いという形で関わられたのですか? もしかして魔人王が復活する事を予めご存知だったとかですか……」


 唐突に質問を投げかけられた影が戸惑う。

 ――流石に、夢で見た事が現実に起きているからとは言えない。

 そんな事を言えば、ふざけているのかと思われるに違いない。

 だけど、嘘は良くないので。


「俺の理想はオルメス国を護る所にある。その理想の中に優美の願いが合ったからだよ。側においているのは優美が俺のパートナーだから。残念ながら魔人王の復活は知らなかった。だけど、その前兆的な事が起こっていたことは知っていた」


 嘘をつかず、話せる範囲で影は正直に答える事にした。

 それが、大怪我をさせてしまった杏奈に対するお詫びとして。


「そうでしたか。では軍に戻られてはどうですか? きっと女王陛下も喜ばれるかと思います。それに兵たちも。魔人王の復活これは人類にとって良くない事実です。魔人王に対抗できる者は限られています」


 病室の空気が重たくなり、独特な緊張感を漂わせる。


 しかし、影は笑みを浮かべて、答える。

「いや、その必要はないよ。魔人王絡みの事については俺は俺で独自にこれからは動くつもりだから。今回は少し時間がなくて優莉と連携を取ることでノーブルイヤン街を護る事になったけどね。だけど、次からは優美がいるからね」


 ……杏奈の疑問を先回りして答えるように。

「昔は杏奈を含めた守護者が側にいた。今は優美がいる。だけど、皆との絆はなくならない。だから、困ったときは力を貸すと約束する。だから、これからも杏奈は杏奈達でオルメス国を護って欲しい。立場は違えど、目的は同じ。だったら――」


 ……杏奈に希望を見せるように。

「いつか同じ戦場に立ち協力する日が来るかもしれない。なにより、俺は三年前の事件で責任を取り辞職した。だけど、その時に後の事は皆に任せた。そう何よりも信頼できる俺の部下に。だから、俺は皆を信用してる、今でもね」


 何かを納得したように、微笑みながらコクりと頷く杏奈。

 そう、あの日の誓いを忘れてはならない。


「そうですか。ではもう行かれるのですか?」


 少し寂しそうな表情を見せる杏奈。

 その様子に影、杏奈と目を見合わせる。

 ……こくり、と。

 頷き、影は杏奈の頭の上に手を置いて、ゆっりと撫でる。


 気持ちよさそうに、微笑む杏奈を見て影は別れの言葉を言う。

「大丈夫。きっとまたすぐ会えるよ」

「本当ですか?」

 大きく深呼吸をして、笑みを浮かべる影。

 人類の希望、そしてオルメス国の絶対的な英雄――『古き英雄』は言う。


「魔人王が復活したんだ。人類の希望、魔術原書が動かないわけにはいかないから」


「俺は国内で一度立場を失った。だけど、それは間違いではなかったと思っている。今も昔と変わらずに親し気に接してくれる皆がいる。つまり俺は一人じゃない。だったら、今度こそ出来る! 魔人王から俺の大好きなオルメス国を今度こそ完璧に護る。その為には軍事最高責任者の総隊長との連携が必ず必要になるからね。そうなれば守護者も動く事になるよね?」


 優しくも力強い言葉、力を入れて握られた拳(こぶし)。

 そして――絶対に成し遂げると言わんばかりに。


「今、この瞬間! 魔術原書の影も復活したと女王陛下に伝えろ! 『古き英雄』は軍とは別に独自に動く!」


「絶対に三年前の悲劇を繰り返してはならない! その為に俺は動く」


「はっ。必ずお伝えします」

 杏奈の力強い返事を聞いて。


 病室を出た影はそのまま歩いて帰宅する。


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