第43話 まだ終わってない


 ――そして。


 目的に着く。


 ノーブルイヤン街に設置された王立大学病院の最上階の一室。扉をノックしてから部屋に入ると窓を開け最上階から見える景色を眺めている女の子が一人いた。女の子はベッドから起き上がる形で何処か悲し気な目をしていた。


「杏奈?」

 影の声を聞いて、杏奈が反応する。


「あぁ、影様。来てくれたんですね、ありがとうございます。影様がここに来た、つまり勝ったんですね?」

「うん」


 何処か元気がない杏奈。

 影には心当たりがあった。

 杏奈はあの時、逃げる事に必死でと言っていた。


「あの時、俺に黙っていたことあるよね?」

「……えっ?」

 杏奈が視線を逸らし、頬を引きずる。


「魔力を全て使いきったんじゃないの?」

 影は杏奈の気持ちを理解しておきながら、遠回りは止める事にする。ノーブルイヤン街の防衛線でまだやり残したことが合ったから。

「黒の剣士は圧倒的に強かった。そして、意識不明の重傷。つまり、逃走の為に魔法を限界を超えて使った、その結果がこれ。違う?」


 ……。

 …………。

 ヒクッ、ヒクッ、ヒクッ


 杏奈の瞳から大粒の涙がポタポタと落ちる。

「……やはり気付かれていましたか。影様の言われる通りです。私もう戦場には戻れないみたいです」

「基本的に魔力は魔力を媒体として生み出されるからね」

「……はい。知っております」


 影は外部から魔力を吸収できるが、そんなチートを出来る人間は地球上に二人しか存在しない。普通の人間には不可能な芸当である。とは、言っても魔力を外部から吸収――その正体はかなり高度な知識と技術が必要な魔法である。古代魔法が衰退(すいたい)し現代魔法に切り替わる狭間(はざま)の歴史で偶然にも生まれた最後の古代魔法。これが影が外部から魔力を吸収できる理由である。そして、影が体内で魔力を生成できないとされている理由の一つでもある。魔法を常時発動しているため体内で魔力生成と同時にその分の魔力を消費していた。


「杏奈?」

「はい?」

「戦場に戻りたい?」


 杏奈の目が大きく見開かれる。

 まるで、そんなことが出来るのか? と言いたげな瞳を影に向ける。


「本気で戻る気があるなら、戻してあげるよ」


 その言葉に思わず息を呑み込み杏奈。

 影は優美にした時の手順――優美の身体にある魔晶石から自身。

 の逆。

 自分から杏奈に魔力を渡す事も出来る。


 ここで影が選択肢という名の逃げ道を用意する。

 杏奈自身でどうしたいかを、今後どうするのかを、決めて欲しかった。


「一度、魔人の強さを知った者は身体がその恐怖を覚える。そして、生涯その恐怖と戦う事になる。勿論そいつより強くなれば忘れられる。だが、多くの者は無理だ。今日を境(さかい)に今までおとなしかった魔人が活発化すると思う。今度は本当に死ぬかもしれない。それでも戦う覚悟はある?」


 身体が武者震いしながら、視線がキョロキョロする。

 杏奈が迷っている。

 ――がそのまま言葉を続ける。


「その恐怖を杏奈の大切な人にも味合わせたいならそのまま守護者止めな。俺が優莉に直接相談する。元々杏奈の守護者は俺が任命しているしね。だけど、もし杏奈が家族、友人、仲間にそんな思いをさせたくないと思うならもう一度戦場で戦えばいいと思うよ」

「それは……」

「杏奈は今まで誰の為に戦ってきたの? そこに全ての答えがあると俺は思うよ」


 杏奈の表情が変わった。


「影様と親友の美香……何より私の大切な弟を殺した魔人に復讐する為です」

「そうだね。守護者になった時もそう言ってた。それで?」


「私、戦います!」


 力強い言葉に影が頷く。

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