第32話 陣頭指揮 4
オルメス国と魔人の魔力兵器が火を噴き交戦を続ける。
徐々に激しさを増す闘いに通信兵は連携を緻密に取り影の采配の元、迅速に動く。
敵は副砲の十四機を防衛、八機を攻撃に充てていた。
単純な攻撃力でも防御力でも負けているはずのオルメス国だったが――
「……信じられない」
そう呟いたのは、影の隣で見守っていた優莉。
だが、それは司令室の全員、そして戦場で今も一生懸命戦っている全員が抱いていた感想だろう。
攻守の双方において手数で負けているオルメス国が魔人を――
いつの間にか、追い詰めはじめていた。
状況が好転した事を機に影の作戦が変わる。
先程から戦場にいる美香にも直接指示を出す影。
まるで、戦争シミュレーションのゲームをしているかの手つきで各部隊を操っていた。
騒然とする司令室。
まるで、神の一手とも言わんばかりの常識外れの行動。
さっき誰かが言った「正に過去最強の総隊長」と言わんばかりに、全ての状況に対処する影。
「す、すごい……むしろ前より強くなっているのはなぜ?」
「気になるの?」
影は冷静に状況を見ていた。
「はっ、はい」
「人は面倒だと思った事をとことん追求しない。それは頭が無駄だと無意識のうちに考えてしまうからだ。だけど、もしそれをすることで多くの命が助かる事を頭が知っていたらどうなると思う?」
そう言って、
「――だから俺は何度でも成功するビジョンを頭の中でイメージするし、そうなるように全て計算している」
影は平然を装っていたが、身体は正直らしく手からは緊張のせいか大量の手汗をかいていた。常に入ってくる新しい情報を元に最善手を導き続けると言っても影も人間である。間違える事もあれば判断ミスをすることだってある。だから、怖かった。
「第一部隊、第三部隊と合流し援護しろ」
頭がフル回転して物事を判断し続け疲れてくるのと比例して影の不安が大きくなる。
「かしこまりました」
そう聞こえた瞬間、第一部隊のシグナルが司令室からLOSTした。
「……え?」
と、ここに来て予想外の事が起き優莉が戸惑う。
同じく戸惑う哲也と通信兵とは対照的に。
「……高位魔人、やはり馬鹿ではないか」
と、悪い予感が的中したかのように、舌打ちする影。
一見、影が対局を操っているように見えたがそれが勘違いだと自覚するのに時間はかからなかった。影が袖で手汗を拭き、腕を組んで初めての長考に入る。
……戦況は確かにこちらにとって有利な展開となっていたが、気づけば相手にとっても悪くない状況にもなっていた。
……そして、優勢にあった影が追い詰め始められるのに、時間は長くかからなかった。
――戦況が変わる
これを機に仲間の士気が落ち始める。
通信兵達の不安も司令室全体を支配し気付けばオルメス国にとって良くない物へと変わっていく。
「……っ、ここまでか」
影の考えている事を察したのか、悔しそうに優莉が呟いた。
だが、まだ負けたわけではない。
影の頭が今知りえる全ての情報を再度頭の中で整理し精査していく。
モニターの一つでは優美が一生懸命にまだ諦めずに戦っていた。
今一度、誰の為に今回ここに戻って来たのかを思い出す。たった一人の女の子が自身の全てを投げ出そうとしてまで護ろうとしたものを護ってあげたくなったからだと。そして、大切な元部下を傷つけた魔人を倒す為だと。
影が予備戦力として考えていた優莉を使う事を決断する。本当は無茶をさせたくはなかった……が、そんなことを言っている場合ではなかった。
「優莉?」
「はい」
「命令だ。第一部隊が壊滅した地点に急いで行き、恐らく魔力反応を隠しているであろう司令官(レベル五)を殺して第一部隊の生き残った者を保護しろ」
そうだ、『古き英雄』に敗北は合ってはならない。
未だにオルメス国の支柱の一本とされている国民の絶対的な英雄『古き英雄』の敗北はオルメス国の完全な敗北を意味する。故(ゆえ)に黒星は許されなかった。ここからは一人で戦う事を止め、仲間の力を借りて黒の剣士率いる魔人に対抗する事を決める。独りよがりの強さに何の価値もなければ意味もない。影の心が心臓の鼓動を通して訴えてきた。だから、自分を信じる事にした。
「かしこまりました」
早速、戦場に向かおうとする優莉に向かって影が視線を移し、頭を下げる。
「それと優莉、ゴメン。今の俺では全員を上手く導けない。力を貸して欲しい」
「頭を上げてください。私達に心配をかけたくないと言う一心で誰にも弱音を吐かずに無理をしていること等最初から気付いていました。ですから、ご命令ではなくともただそう言って頂ければ私は影様の剣ともなり盾ともなります。前線部隊へは私が今から指示を出します。まずは敵の拠点を落としてください。それまでは必ず私が美香と協力して何とかしますので」
「わかった。ありがとう」
そう言って、頷く影。
それを見て、一礼をしてから優莉が戦場に行く。
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