第38話 影、優莉、優美VS黒の剣士 1


 ――だが、実際は違う。


 そう、違うのだ。

 もし影が負ければこの状況が一転するのだ。

 黒の剣士がまだ何かを隠し持っている、そう考えると安堵するにはまだ早すぎた。

 影の直感が警告する。

 油断すればその先に待つ『必敗』が訪れると。


 そして、悪夢は訪れる。

 三年のブランクがありながら、三年前と同じ事をしていた影の頭、正確には演算処理能力が悲鳴をあげる。割れそうになる頭を我慢して平然を装い戦い続ける影。魔法の最高位に存在する神話級の魔法。その魔法の短時間連発により脳が悲鳴をあげたのだろう。こうなった以上影に残された時間は長くはないと悟る。「良くて後一回が限界」と自分に言い聞かせて残された神話級の魔法をいつ使うかを考える。上級魔法程度では優莉と優美の二人と戦っていた黒の剣士を見た限りでは意味をなさないだろう。


 影は表情に浮かぶ余裕の笑みを崩さないように意識を集中させる。

 落ち着いてこの状況をどう対処するかを考え始める。


 いや――正確には、考えは合った。後は実行するかどうかを迷っていた。

(仮に成功しても誰かが死ぬリスクを無視しなければ……そもそも成功はするのか!?)


 ――それは、影の力だけではなし遂げられない賭けでもあった。

 成功すれば少なくともいい状況になる。上手くいけばそれで勝てる。


 だが、しくじれば一転――この戦負ける事になるだろう。

 成功確率五十パーセント、つまり一(いち)か八(ばち)かの博打と何も変わらい。

 両者が一旦離れ距離を取るタイミングで影が優美を一瞬見る。


 ――やっぱり危険にはさらせない。


 影がそう決断した時、優美が複合魔力障壁を味方部隊に任せて動く。

 そのまま思い悩む影の隣に来て、影の手をそっと優しく握る。


「――えっ?」

 突然感じた温もりに、身体が反応する。


 だが、優美は影の顔を覗き込み微笑みながら言葉を紡ぐ。

「……影、言ったよね? お前達はその対価としてそれに見合う働きをしろって。優莉様は歌で影を支援。ならパートナーである私は影の隣で戦う」


「――――っ?」


「私達パートナーだよね。それに私は影を信用してる。だから影も私を信用して。そしたら多分出来ると思う。影が考えている事何となくわかる。たった一週間弱だったけどずっと一緒にいたから分かる。影、余裕がある振りして一人無理してる。私が時間を作る。それならいける?」

 あぁ……。

「――そうだったな。でも本当にいいのか?」


「うん。私、影の事好きだから。その影が望むならなんだってするよ?」

 影がコクリと頷く。


 ――そう、優美は――天才少女は――白き剣星は。

 オルメス国が誇る精鋭である守護者達以上に剣の才能に関してはずば抜け、その実力を元総隊長である影に認めさせた者ではないか。今もこの戦いを通して普段では有り得ない早さで成長し優莉の補佐ですら難なく成し遂げた優美ならば影について来られるかもしれない。


 ――思い出せ。

 優美は――覚悟を持って戦場に立っている事を!


 ノーブルイヤン街を護りたい、ただそれだけで街の統括者のご令嬢が戦場で一番危険な最前線に自らの意思で立っている。本来なら安全地帯にいても誰も文句すら言えない。本来司令室に姿を見せない哲也がいたのも優美が戦場にいるからであろう。

 そう、優美は周りの反対や意見に流されず、誰よりも強い意志を持って戦場に立っているのだ。

 ならば、そんな優美の意思を無駄にするような事は絶対にしてはダメだ!


 影の魔力反応が急激に上昇したのを確認して黒の剣士が。

「――なんだ、その魔力反応は……?」


 ――影の魔力は外部からの魔力と優莉の魔力、そして手を握った時、流れてきた優美の魔力を受け取り膨れ上がった。

 ただ、魔力が上がっただけ――だが。

 黒の剣士は必要以上に警戒する。

 魔術原書である影だからこそ必要以上に。


「な――あっ、ありえない。神話級の魔法を二回使っておきながらこの魔力量……。一体何がおきているんだ?」

 外部から魔力を吸収できる事を知らない黒の剣士は慌てていた。


 ――ここしかない。

 攻めるなら、今しかない。横目で歌う優莉を確認する。視線が重なりアイコンタクトだけで意思疎通をする影と優莉。歌を歌い補助魔法を使っている間優莉は無防備になるが、複合魔力障壁でしっかりと護られていた。


 補助魔法が演算処理能力向上だけに切り替えられ、優莉から流れて来る魔力量が増幅する。


 そして、優美に作戦を耳打ちする。

 コクりと小さく頷く優美。

 影が不敵に笑い、正面から神話級の魔法――破壊光線銃を展開する。

 夜空に輝く星とは別に白く巨大な魔法陣が出現し輝く。


 ここから影の迫真(はくしん)の演技が始まる。

 演算処理能力に限界が来ている事を悟られないように笑みを浮かべながら言う。

 まるで全てこうなる事を狙っていたかのように。


「これが俺の最後の魔法だ。この魔法が完成し発動した時、お前の命が尽きる。少し冷静になって考えて見ろ。お前達の王を封印した俺がお前達に後(おく)れを取ると思うか?」


「チッ――調子に乗るな……人間風情がぁ……ッ!」

 黒の剣士が影の挑発に乗り、我を忘れたかのように突撃してくる。が、この瞬間全てが影の作戦通りに動き始める。


 冷静さを失い攻撃が雑になり、適当に急いで作った魔法陣からの魔法攻撃程度なら優美一人で全てを対処するのに問題は何一つなかった。

 その顔は、上官としての威厳も、立場、責任感もなく、ただ哀(あわ)れな獣のようだった。

 対比的に演技ではあるが余裕の笑みを見せる影と不敵な笑みを見せる優美の顔。


 この場にいた誰もが気付かなかった。

 影が今何を考えているかのか。

 今まさに影の頭はオーバーヒート状態となっており、押し寄せてくる激痛という名の痛みに耐え黒の剣士をどうすれば更に追い込むことができ、破壊光線銃を確実に当てるにはどうしたらいいのか……。

 影はそれらの事を全て頭の中で何度もシミュレーションしていた。


 ――そう、状況はまだ好転していない。

 これは一種の賭けである。純粋な力勝負なら勝てない。

 ならばと思い、敵の冷静さを奪い強引にこちらが強くなったと勘違いさせているに過ぎない。

 開き直って、冷静に今の状況を分析されたら、全てが水泡(すいほう)となる博打である。

 ならば――このまま勝ちまで持っていくしか勝ち目はない。


 ――優美の魔力もあまり残っていない、優莉の歌も恐らく残りの魔力残量から限界が近い。だが、黒の剣士は影の魔力反応の増大を必要以上に警戒している。ならばそこに勝機があると考える。


 そして、勝つための光明がついに見いだされる。

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