第2話 統括の娘(令嬢)
影は下を向いたまま黙って付いてくる優美をロビーのソファーまで案内する。先程の飲みかけのコーヒーを飲みながらソファーに座る優美に来客用の紅茶を用意しテーブルの上に置く。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
影も優美の正面にあるソファーに座り、優美を見る。
「……」
「……」
二人の間に訪れた沈黙。
しばらくするとずっと気まずそうに下を向いていた優美が顔を上げ、影が微笑みながら見ている事に気づく。
「家……普通なんですね」
優美は緊張しているのか世間話を始める。
影としては優美のお願いが先ほどから気になっていたが今は慌てても仕方がないと思い、優美の世間話に付き合う事にする。
「うん。だってこれ普通の一軒家だからね」
「そうなんですね。それにしても急に雰囲気変わりましたね」
「そうかな? 本来はこの話し方だし適当な人間だよ。さっきのは軍にいた時の立場上としての仮の姿だからね。後は俺の正体を知らない人の為のカモフラージュ。そこに深い意味はないよ」
影の一言に優美がクスクスと笑う。
「やっと笑ったね」
「あっ……急に笑ってしまい申し訳ありません」
何かに気づき慌てたように優美が影から目を逸らし申し訳なさそうな顔をする。影は優美のそんな慌てふためく姿を見て平和っていいなと呑気な事を考えていた。
「別にいいよ。それに総隊長は昔の話。今はただの一般人だから普通に影でいいし、気を使わなくていいよ?」
影の一言に目をパチパチさせて、口を大きく開けて優美が驚いているのか急に静止する。影は手元にあるコーヒーを飲みながら優美の反応を待つ。
それにしても見てて何処か面白い少女だなと影は思った。
「あの~一つ聞いてもいいですか?」
「いいよ」
「失礼なのは承知で言わせて下さい。何でそんなに適当なんですか?」
優美はあまりにも自由な影に質問する。影もこの質問の意味を正しく理解する。オルメス国や周辺諸国、もっと言えばアトマス大陸に存在する六つの国家においては力を持つ者が正義と言った風習がある。これは時代の流れと共にその考え方が正しいと人々が考えるようになったからだ。その為、軍に所属している、もしくは所属していた人間で影のように力を持っておきながら力関係を全く気にしない人間はかなり珍しい。いや、オルメス国においては唯一の存在と言っても過言ではない。
影は力を持っていながらその力――権力を使い何かをすることを基本的に嫌っていた。影のお人好し過ぎる性格や過去の経験、更には弱者の味方や考え方……と沢山の事が奇跡的に絡み合って影だけは時代に支配されることがなかった。
影が大きく背伸びをしながら呟く。
「堅苦しいのって疲れるし面倒だからかな? だから君も敬語が面倒だったら普通に話していいよ。今は同じ立場でしょ?」
「……実は――」
急に少し気まずそうな表情を見せる優美に影は首を傾げる。
「私はノーブルイヤン街の統括をしている父の娘なので影様の言われる一般人ではないです……」
ノーブルイヤン街とは影の住む王都に隣接した街の一つである。
影の一言に申し訳なさそうに顔色を窺いながら発言する優美に今度は影が目をパチパチさせて、口を大きく開ける。
まるで、時が止まったかのように影の動きが止まる。
……。
…………。
……………………。
そして、現実に帰り優美から目を逸(そ)らす。
「すみませんでした。それで本日はどう言ったご用件でしょうか?」
「えっ……?」
影の突然の言葉に優美が困った。
優美を普通の一般人だと思い影は物凄く気楽に話しかけていたが優美の素性と言う名の立場を知り一気に下手に出る。先ほど、前記した通り立場は力であり、上下関係や身分に影響してくる。影が過去の経歴を表に出さないとなると必然的に影より優美の方が上の立場となる。ましてやノーブルイヤン街の令嬢ともなれば、生涯遊んで暮らせるだけの財も一個人で保有していると噂されている。つまり、権力もあれば金もあると言うわけだ。
「ちょっと影様!? 何をしているのですか? 早くお顔をお上げください」
頭を下げる影に慌てて優美が立ち上がり影の横まで移動する。そのまま両膝をついて座り、影を下から覗き込みながら細い腕で影の肩を掴んで状態を起こす。こんな状況を他の誰かに見られたらマズイと言いたいのか優美の行動はとても迅速かつ丁寧な物だった。
影が腕で状態を起こしてくる優美を見る。
「いや……本当に無礼を働いてしまい申し訳ありませんでした」
影の表情が曇る。
一気に形勢が逆転した影と優美の立場に影以上に優美が戸惑ってしまう。
「ちょっといきなりどうしたんですか?」
「だって父が街の統括者だと。その娘様となるとノーブルイヤン街……いえオルメス国ではかなりの令嬢じゃないですか……」
「バカな事を言われないで下さい。私の父が影様に無礼を働けばその瞬間に父の首が飛びます。今は隠居されている影様でもそれだけの力があるのをお忘れですか?」
「…………」
急に黙る影。
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