第9話 元総隊長


 影と優美を繋ぐ手が汗で濡れる。


 影は優美が武者震いをしている事にお互いの手を通して気付いた。が、何を言われようが影には関係がなかった。これだけの力を持っておきながら、部下だけでなく非戦闘員である一般人約300人を護れなかった事実が変わる事はない。世の中には影やそれ以上に強い人間や魔人がいる事を影は知っている。だからこそ、自分は誰よりも弱いと知っていた。それくらいの気持ちでいないとすぐに戦場では命を落とす事も知っていた。


「さて、何のお話しか私にはよく分かりませんが」


 影は笑顔のまま優美の質問に曖昧な解答をしていく。


 沢山の異名で呼ばれても影の魔法は万能ではない。ただこの一件に関してはそうではない。巨大魔法陣は神々しく光輝き白い光線を勢いよく轟音と共に発射する。優美は慌てて空いている片方の手を自分の耳に当てる。


 まだ宇宙空間にある巨大隕石に向かって発射された白い光線は三十秒にも満たない時間で巨大隕石と衝突する。圧倒的な破壊力で巨大隕石を貫通し粉々に粉砕する。それと同時に影が別で用意した十個の魔法陣が光輝き、巨大魔法陣と同じく白い光線を勢いよく発射する。


 神話級の光線と十の光線は空中で何回も枝分かれして巨大隕石の沢山の欠片全てを追尾し衝突する。白い光線と衝突した隕石の欠片は全て光線の熱によって空中で溶けて消滅していく。


「これが神話級の古代魔法……」

 優美の口から声が漏れる。


 影と優美は白い光線と巨大隕石が衝突した事によって見える眩しい光を見ている。まるで赤色に光る打ち上げ花火のようにあちらこちらで大空をキャンパスとして爆発音と共に赤く燃える。


「これでもまだ火力は抑えています」

「……うそでしょ。あはは……確かにこれだけの力があれば総隊長にもなれますね」

「それは過去のお話しです」


 とにかく一安心した影と優美は向かい合って地面に腰を降ろして座る。影は安堵して笑顔の優美に優しく微笑む。今日の一件はこれから起きる事の始まりにしか過ぎない事を影は確信する。最近よく見ていた夢が現実に起きようとしている事を実際に確認した影は今後の事を考える。同じ過ちを繰り返さない為に。次は昔とは違う立場で違うやり方で優美のような犠牲者を一人でも少なくする為に戦う覚悟を決める。


「そんなに難しい顔をしてどうしたのですか?」

「何でもないですよ。つまらない事を考えていただけです」

「もぉ、すぐに嘘ついて。一人で抱え込まないでください」

「そんな抱え込むなんて面倒くさい事を私はしませんよ」


 影は立ち上がる優美を見ながら微笑む。

 すると、優美が影の隣に移動する。


「今の影様には魔力を提供できる人間が必要ですよね?」

 優美の言葉に影は少し考える素振りをする。

 横目で優美を見ると嘘はもういいから早く答えてと言った顔をしていた。


「魔力石で代用が可能なので正直どちらでもいいと言うのが本音です」

「なら私がいてもいなくてもいいと言う事ですね?」


 優美は影の顔を覗き込みながら不敵な笑みを見せる。

「はい」


「なら一緒にいます。一人の女として一人の傭兵として未来をくれた影様のお側にいたいです。そうすればきっと私は強くなれます。もっと言えばノーブルイヤン街を救う道しるべになればと思います」


 顔を近づけながら言ってくる優美に影は笑って誤魔化そうとしたが、そんなに都合よくはいかなかった。影の返事を聞くまで離れないと言った優美の態度に影は答える事にする。とは言っても、雰囲気的にも答えは一つしかなかった。


「わかりました」


「ふふっ。なら私の事をこれからは呼び捨てで優美とお呼び下さい。後、影様はありのままの影様でお話ししてもらって構いませんよ」


 影の気遣いを全て知っているかのように優美は嬉しそうに言ってきた。

 それは影と同じく人の気持ちを尊重した言葉だと影は感じた。


 だから似た者同士という事で、

「なら優美も呼び捨てでいいよ。後その堅苦しい言葉遣い止めてくれるかな?」

 と、影は言った。


「うん」

 満面の笑みで影の言葉に返事をする優美。

 その顔は何処か幸せそうに見えた。


「俺は魔人と戦うけどそれでもいいの?」


 影は優美に確認をする。


 魔人と戦うと言う事はいつ死んでも可笑しくないと言う事である。戦場ではいつも隣にいる死神に自らの命を取られないように目前の敵を倒し続けなければならない。口で言うのは簡単だがそれを実際にするにはかなりの勇気がいる。


「うん。だってすぐに無理をする影を一人にしてはおけないから」

 嫌味のように笑顔で言う優美に影は苦笑いをした。


 優美には黙っていたが影の魔法は万能ではない。魔法発動の為に魔法計算式を組み上げるのに必要な演算処理能力に限界が来た時、魔法はおろか外部からの魔力供給も出来なくなる事実を。


 この事実を知る者は敵にはおらず、味方でも数える程にしかいなかった。



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