第四章 戻って来た日常

第42話 優美と父親


 しばらくすると、優莉が戦後の後処理の為、影に一礼してテトテトと何処かに行ってしまう。

 タイミングを見計らったかのように、さりげなく甘えてくる優美。

 影の手を握る手がいつもより暖かく感じたのは身体を動かした後の為なのか、それとも別の理由なのか。


「あぁ~見えて、しっかり成長してるんだよな~。全く頼もしい部下を持ったもんだ。オルメス国の平和をこれからも任せたよ優莉」

 という影の気の抜けた言葉に、優美がコクりと頷く。


 ――誰にも文句を言わせない勝利。

 誰もが内心不安だらけだった闘いに最後まで諦めずに挑んだ英雄。

 オルメス国の軍人なら誰しもが憧れる『古き英雄』の活躍。

 二つの意味で喜ぶ兵士たちの中から哲也が走ってこちらに来る。


「優美ーーー!」

「あっ、お父さん」

「大丈夫か? 怪我はないか? 具合は?」


 汗をかいて優美(娘)の心配をする哲也を見て、影は思わず鼻で笑ってしまう。

(どんだけ心配してんだ、このおじさん。あの時、俺に突っかかって来たのは、もしかして娘が心配過ぎて誰かにその不安をぶつけたかっただけか……。ふっ、まぁいい。ならあの件は水に流すか)


「ちょっと、お父さん。身体ベタベタ触らないで。かすり傷しかないからそんなに心配しなくて大丈夫だから。ね?」

 困った顔をして優美が両手を使い哲也を必死になって遠ざける。


「あぁー優美が無事で本当によかった」

「だから、泣くのも止めて。皆に見られたら恥ずかしいから」

「おぉーそうかそうか。それは悪かったな」


 涙を拭きながら、笑(え)みを見せる哲也。

 本当に仲が良さそうに見える親子を見て影はクスクスと笑ってしまった。

 見た目厳格そうな男が娘の心配をして人目を気にせずに大泣き。ギャップが凄すぎて……つい笑わずにいられなかった。

(このおじさん間違いない。親ばかだ)


「ん? 影? 急に笑ってどうしたの?」

「えっ? ……別に何もないよ?」


 気やすく話しかける優美を見て、哲也が慌てたように頭を下げる。


 まるで、我に返ったかのように、

「あっその……先ほどはご無礼を働いてしまい申し訳ございませんでした」

 といつもの顔に戻り真剣な表情で言ってきた。


「……えぇ、別にそこまで気にはしていません」


「ん? お父さんもしかして影に何か悪い事でもしたの?」

 横目で影をチラッと見て。


「…………あぁ……今思えばな」

 哲也を真似るように優美も横目で見て。


「……普段の影優しいと言うか覇気がないからどうせ権力を盾に強く言い過ぎたとか?」

「……」


 ――。

 ――――。


 突然起きた沈黙。

 優美と哲也の視線が交差する。


「お父さん?」


 ――。

 ――――。


「………すまん」

「お父さんのばか! 影がその気になれば私達家族全員死罪にだって出来るわよ! 引退した今でも優莉総隊長ですら頭があがらないのよ! 少しは考えて行動してっていつも言ってるじゃない! 権力を振りかざすなとは言わないけど相手を間違えたらどうなるかをちゃんと考えて! お母さんにもいつも言われてるでしょ」


 まるでお母さんみたいな事を言う優美。

 その眼差しは真剣で、綺麗な黒い色の瞳には娘に怒られて困り果てる中年の男だけが映っていた。

「……すまん」


 反省しているのか実の娘に頭を下げる哲也。


 そのまま、気まずそうにして。

「影ごめんなさい。その……もし良かったら水に流してとは言わないけど、大目に見てくれないかな?」

 と優美が言う。


「別にいいよ。一応先に言っておくけど家族全員死罪とか絶対に俺はしないからね?」

「ありがとう。って事はしようと思えばできるの?」

「まぁ、裏で守護者達に頼んで既成事実を作ってとかすれば……可能ではあるかな?」


 その言葉を聞いて優美が哲也に冷たい視線を向ける。

「だそうよ? 分かった?」


「……あぁ。今後は気を付けます」

「絶対よ?」

「はい」


 影は見てて面白い親子だなと思った。

 一体どちらが親でどちらが子供なのか……。


「優美がお母さんみたいみたいだ……あははは」

 そんな何とも言えないぐらいに仲のいい親子のやり取りをしばらく見守ってから影はある場所に向かって歩き始める。



 ――――…………


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