第53話 ――閑話――影と女王陛下の会談
――2日後の夜――
魔人王の再来に怯える兵士たち。
一般兵だけでなく、総隊長、守護者にとっても同じだった。そんな中でも皆がパニック状態に陥らななかった理由。
オルメス国の兵士や民達が信頼しているのは女王陛下だけでなく、政治の女王陛下、戦場の『古き英雄』の二本柱で成り立っていたからなのかもしれない。
二人だけの空間。
それは、とても重たい雰囲気に包まれ。
世間には見せない二人だけの空間。
――真剣な表情で話し合う二人。
……。
…………。
「私に隠していることあるわよね?」
「……」
影の返答は沈黙。
それが意味する理由。
「そう、黒の剣士の魂逃がしたの?」
「……うん。あの時、裏で手をまわしていた奴がいた。最後の攻撃で光線銃が皆の視線を光で遮った瞬間に魂を回収した奴がいる」
「影ですらギリギリまで気付かないとはね……」
思い悩んだ表情を見せる女王陛下。
高位魔人や上位魔人は普通の魔人とは違う。本来魔人も命は一つしかないのだが、高位魔人と上位魔人は魂をこの世から抹消しない限り本当の意味で死を迎える事はない。人類の知識ではまだその仕組みが分かっていないがこれらの魔人は他の魔人とは少し違っていた事はわかっていた。
この事実を知る者はごく一部の人間のみ。
人類の希望と呼ばれる魔術原書の総意がそうさせていた。
詳しい理由は影を含む魔術原書しか知らない。
「どこで気付いたの? 俺が黙っていたこと」
二人の視線が重なる。
「魔人王が来た時よ」
「ん?」
「あの時、側近が一人死んだはずなのに落ち着いていた。つまり、魔人王の計画通りに事が進んでいる可能性があると考えた時に魂の可能性を考えた」
「なるほどね。流石は遥。頭の回転が速いね」
納得する影。
「この件は総隊長と守護者にしか言ってないわ」
「その方がいいだろうね。でないと、余計な混乱を招いて国の統制にヒビが入るからね」
「そうよ。今のオルメス国は正直弱い。他国と十分に正面から渡り合う国力もなければ魔人の襲来から街を確実に護る国力すらない。影が居なくなって軍の力だけじゃない統制力もかなり落ちてきているわ。正直優莉の威厳だけじゃ皆が素直に従ってくれなくなってきているの。これも魔人王の影響力なのかしらね……」
「こうなった以上、軍に戻りなさい。影」
黙る影。
「現状、魔人王の侵入を簡単に許したオルメス国が大変危険な状態なのは分かるでしょ? 影が望むなら総隊長として……いえ、全権代理者としてその席次を用意するわ。もう一度私を助けて」
重たい空気が支配する空間。
そんな空間でも影は妥協を許さなかった。
「無理だよ。俺はそんなに強くない。何より今の俺には優美がいる。とても一人には出来ない。このまま行けば優美が近いうちに死ぬ。それだけは黙認できない」
「どうゆう意味?」
「優美の心の中には焦りがある。俺に早く追いつかないとって言う確かな焦りがね。だけど、魔人が活発化した戦場でそれはやってはいけないこと。今までならそれで通用したかもしれない。だけど、今は全て悪手としかならない」
「なら、教えてあげればいいんじゃないの?」
「教えても多分本人が納得しない気がする。とりあえず俺は俺で動くよ」
今の影が軍に戻れば優美と距離を置かなければならなくなる。だからそうならない為にもまずは時間が必要だった。
――それに魔人王が直接動く事はしばらくない
――これは直感だが、魔人王は人類を必要以上に警戒している気がする
確信めいた何かがあるわけではない。
だけど、影の勘がそう言っていた。
影が平和ボケしていたように魔人王も封印されその力の大半を失っていたと考えれば全盛期並みに戦えるようになるまでは少なくとも年単位近くで時間が必要な気がしていた。それは魔人王だけでなく影も同じだった。
それだけの時間があるなら、影も色々と裏で準備する事も可能。
だが、個人だけでは限界がある。
そう考えれば、今すぐ軍に戻ると言う選択肢は視野に入れてもいいのかもしれない。
女王陛下が大きくため息を吐く。
「何故そこまでして優美さんを護ろうとするの? 影の力があれば正直軍に戻っても護れるはずよ? 魔術原書と言う立場を使えばね」
「確かにね。でも立場を使って護った所で一時の時間稼ぎにしかならないからね」
「何が言いたいの?」
影が深呼吸して、
「アルマス帝国にいる魔術原書が総隊長として近々復帰する。遥は知っていると思うけど副総隊長――渡辺穂乃果も世間には偽名こそ使っているけど魔術原書。この二人が姉妹で完全復活する」
と言う。
少し間を開けて、
「これが意味する理由は一つ。アルマス帝国がアトマス大陸以外の国家を含む人類最強国家として復活する。これは魔術原書しかまだ知らない超極秘案件。それを今遥かに話す理由……」
――ゴクリ
「まさか、オルメス国の一人不足している守護者に優美さんを強引に入れ込むつもり……っ?。そして影は影で復活。つまり、三年前のパワーバランス……人類と魔人の力関係に世界を戻すっての?――」
「それだけじゃない。まさか、影?」
下を向き頷く影。
「無茶よ! あの時、本気の影でも互角だったのよ。次戦えば死ぬかもしれないじゃない!?」
「だったら、このまま魔人王を見過ごすの?」
冷たい視線と言葉。
「そうじゃない! だから軍に戻れって言ってるの! 何で分からないのよ!!!」
「かつて、守護者を自らの手で殺した俺に? そして三百人以上の……一般人を殺した俺に? もっと言えば街に被害を与え、多くの兵を失った俺にそれを言うの?」
「そうよ! あれは魔人に捕まって助けられなかった命。だけど、一つでも多くの命を救う為に影はあの時、心を殺して正義を全うしたじゃない!」
「……うん。だけど、今の俺にはまだ戻ると言う選択肢はないよ」
世間にはオルメス国の超極秘案件として隠している事実。
影はかつて今の優美のように気付けばいつも隣にいた守護者の一人――美優をその手で殺していた。
魔人に捕まり、洗脳魔法を使われ自我を失った美優。
魔人の支配下となり、同じく守護者としてずっと戦っていた仲間に剣を向けた。
戸惑う、オルメス国の守護者に変わり影が殺した。
三年前の影のトラウマであり、思い出したくない過去。
影が軍に戻りたくない理由……。
今戻れば、間違いなくその過去と向き合わなければならない。
特に総隊長として戻るなら尚更。
「まだ美優の事を引きずってるの?」
「……まぁね」
「なら、何で? 容姿が瓜二つ、ましてや何処か性格も似ている優美さんを側においているの?」
疑問に満ちた視線を向ける女王陛下。
「そんなに辛いなら突き放したらいいじゃない?」
「……そうかもしれない。だけど、優美は昔の俺にも似ているんだ。放っておいたら多分いつか死ぬ。美優のように。優美も一度は魔人に捕まっているからね。これが俺が出来る美優に対する贖罪(しょくざい)だから……。例えそれが自己満足だとしてもね……」
女王陛下が何かを諦めたように、
「わかったわ。色々と言ってごめんなさい。もう影の中で私は一番じゃない……もう私の隣に影はいないのね……」
儚い希望が今消えたように、
「……ずっと、待ってた。いつか影が私の隣に……」
唇を噛みしめ、綺麗な瞳から雫を溢して、
「……戻って来てくれると……信じてた。でもこうなったのは、私が……私が……悪いんだよね……。あの日、全てが終わり面会してきた影に皆の前で「もう私の前に姿を見せないで」って感情的になって言った私が……全部悪いんだよね……」
綺麗な美貌が台無しになるぐらいに、
「本当にごめんなさい」
スカートの裾を力いっぱい握りしめて、
「こんな我儘で泣き虫で……重たい女で……ゴメンね……」
かすれた声で、
「さようなら」
そう言って、王城の応接室を泣きながら出ていく女王陛下。
一人残った影は果たしてこれが正解だったのか……、と心の中で振り返る。
もっと自分が強ければ、一人の女の子を泣かせずに済んだのでないか、もっと自分に勇気があれば、こうはならなかったのではないか……。
「俺もバカだよな……」
影は後悔した。
素直にハッキリと意見を言わなかった事を。
これで女王陛下とはお別れ。
本当は側にいたいし、助けてあげたかった。
だけどそれが出来なかった。
臆病な自分がそれを拒んだから……。
「言葉足らずだったかな……。少なくとも今はって意味だったの……」
深いため息をついて、
「それに忘れているよ…………遥」
と呟いた。
その言葉が意味するものとは……一体。
古き英雄の新たな物語 光影 @Mitukage
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