第4話 戸惑い


 優美の言葉に影は三年前の事を徐々に思い出していく。影の手を優美の両手が優しく包み込む。

 その手を通して優美の暖かな温もりを影は感じる。


「三年前、四つの街が同時に襲われた時、影様は全ての戦場に順番に行き四つの街を救われました。しかし全ての街で多くの人間が魔人によって連れ去られ私と同じ魔力石の生贄にされていました」

 影の顔色を見ながら、優美は更に話しを続ける。


 影は後悔していた。

 あの日、全ての人を救えなかった事に。


 王都や各街が持つ軍事力だけでは魔人が本格的に攻めて来た場合、対抗出来ない事を予(あらかじ)め分かっておきながら何も出来なかった自分を許せないでいた。


「そのまま魔人に捕まった者の半数の三百人近くは戦場で死にました。でも半数の三百人近くは影様のおかげで無事助かりました。これは事実です。そして、四つの街が壊滅するかもしれない危機を影様はオルメス軍の兵士と傭兵に対し、的確に指示を出す事でなんとか全ての街が存続出来る状態でお救いになられました」


 優美の言葉に影は唇を噛み締めながら口を開く。

 影の声と身体が僅(わず)かに震え、影の手を通して優美にも震(ふる)えが伝わる。

「……救ってなんかいません。優美様が言うように三百人の命は確かに救われたかもしれません。でも同じく三百人は私が無力だったから死んだんです。いえ、私が見捨てました。あの時、助かる見込みが少ない半分の者を私が見捨てました」


「そんな事ないですよ。なら何で私はこうして生きているのですか?」

「それは……偶然か奇跡かと思いますが?」

「それは嘘ですよね? 実は私、知っているんです。あの日、影様は『街を最優先で守り魔人を排除せよ』と言う女王陛下の勅命(ちょくめい)を無視して人命を優先し私達を助けてくれたんですよね?」

 影はその一言を聞いた瞬間驚いてしまった。


 影が軍を去った表向きの理由は街の被害が大きく甚大な被害を出した責任と女王陛下ではなく影の命令を優先した部下達の責任を負い辞職したとしている。しかし本当の理由は女王陛下の勅命に影が背いた事で女王陛下の信頼を完全に失い辞職し責任を取るしかなかったからだ。それと、周辺諸国の目を気にしてだった。


「なぜそれを!?」

「影様がいなくなって半年が経過した頃、女王陛下が軍で影様に面識がある者と各街の統括者にこの事実を教えてくれました。私は父からその事を聞きました」


 影にその言葉が真実かを確かめる方法はなかったが優美の表情と声から嘘ではないと判断する。

「……そうですか」


「はい。ちなみに影様がここに住んでいるのを教えてくれたのは女王陛下です」


 影の顔を優美が笑顔で見てくる。

 しかし、優美の言葉に影は戸惑いを覚えてしまう。


「え?」

 影は逃げるようにオルメス軍を抜け、かつての信頼できるそれも一部の部下にしか家の場所を教えていなかった。普通に考えて、女王陛下が知っているはずがなかった。だが、優美がこの場所を知っていたと考えると納得するしかなかった。


「女王陛下は影様の事をずっと心配をしていますよ。今回、ノーブルイヤン街の救援要請を王都に申請したら影様に依頼した方が街の人間が多く助かると助言をくれたのは女王陛下です」

「どうして、女王陛下が俺の居場所を知って……。いや、それより何で俺なんだ……。俺にはもう誰かを護る資格すらないのに……」

「まだ分かりませんか? 女王陛下にとって影様は今も昔も大切な存在なのです。あの時は影様にも立場があったように女王陛下にも女王陛下としての立場がありました。でも本当は影様に失望はしていなかったのだと思います」

 影の瞳から思いに反して涙がポタポタと零れ床に落ちていく。



 あの日、三百人近く見捨てた人間にまた戦えと……。

 あの悔しい思いをもう一度しろと貴女様は言うのか……。

 それとも、今度は救ってみせろと言いたいのか……。



 言葉では言い表せない沢山の感情と思いが同時に影の心を襲う。

「あはは……」

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