第36話 浴衣で祭り ー 前編
期末テストも無事終わって、夏休みまで消化試合モードのとある日。
男子どもが明日夏の机の前に集まってきて、封筒を置いた。
明日夏は手を伸ばしてそれに触れる。ジャラジャラとした感触。どうやら硬貨のようだ。中を見ると、紙幣も何枚か入っていた。
「何これ」
明日夏がきょとんと聞き返す。
集金係になったつもりはないけれど。
「うむ。これはクラスで集めた、明日夏へのカンパだ」
「え、どうして」
「決まってるだろ。七夕祭りりでの浴衣購入資金だぁ!」
「って、浴衣イベント、強制っ?」
武西高校の近所に、飯父神社というそこそこ由来がある神社があり、そのあたり周辺で、結構な規模の七夕祭りが、毎年行われているのだ。八月に行うところも多いみたいだけど、ここでは七月七日、から時代の流れで、七月の第二日曜日に開催される。
祭りでは開催会場に、多数の七夕飾りが飾られるのだが、武西高校も毎年そこに参加している。来場者による人気投票もあって、盛り上がるのだ。
もっとも七夕飾りは生徒会や美術部が中心となって作っているため、明日夏は特に関わっていない。
まぁそれはそれとして、他の生徒たちは普通に祭りを楽しむ、そんなイベントだ。
「――だが我々は男子校ゆえに、浴衣の女の子と一緒に祭りを回るということはごく一部のリア充のみのイベントだった。だが今年は違う。我々には明日夏がいるのだ!」
「うぉぉおおっっ!」
教室内に雄叫びが響きわたった。
「……まぁいいけどね」
明日夏は疲れた口調でうなずいた。
どうせここで全力で拒否っても、今度は家で茜から浴衣を猛プッシュされる未来が見えている。だったらここで買っちゃうのも手で。
浴衣代は茜から出るだろうけど、無駄な出費を避けられるのなら、家計的に有り難い。
……それともこれをもらいつつ、茜姉からも貰っちゃおうかなーなどというよこしまな考えが一瞬頭に浮かぶ明日夏であったけど。
☆☆☆
というわけで学校帰りに、浴衣を買いに直行させられた。
ちなみに、男どもはついて来たがっていたが、さすがに全員くると店にも迷惑なので厳選なる抽選の結果。一樹と上石と神井が選ばれた。当然のように一樹が当たることに疑惑もあったが(明日夏だけじゃなくクラスメイトからも)、女の子であることを知っているだけ心強い。もう一人の英治は明日夏の浴衣には全く興味がないし。
「浴衣ってどう買えばいいか、分からないんだけど」
明日夏たちが向かったのは、学校帰りの商店街にあるごく一般的な衣服チェーン店である。中に入ったことはないけれど、時期柄、浴衣コーナーはどこかにあるだろう。ただ問題は、浴衣の何をどう買えばいいのか、明日夏には全く知識はないことだ。
「おう。大丈夫だ、俺に任せろ」
一樹が答える。こういう衣服関係にも、なにげに詳しいし。
「俺も事前に予習してきたぜ」
「おう。ぴったりのを選んでやる」
上石・神井も言う。
「……どうも」
不安しかないんだけど。
どうせなら和佳と来たかったと思う明日夏であった。
「ちなみに、浴衣と言えば当然、ミニだよな」
「……は? 何馬鹿なことを言っているんだ?」
「そうだ。ハーフに決まってるだろ!」
「いや。同じだ。肌を隠すことに意味があるのに何も分かっちゃいない!」
明日夏そっちのけで一樹と上石と神井が、意見の相違による言い争いを始める。
明日夏はため息をつくと、彼らを置いて一人店内へと足を踏みれた。
「すみませーん。浴衣探しているんですけど。ミニじゃない普通のやつ。えーと予算はこれくらいなんですけど」
分からないことは店員さんに聞けばいい。女性服を買い続けて明日夏が学んだ秘訣だ。
「そうですね。でしたら、こちらのセットはいかがでしょうか?」
何も知らなそうな明日夏に対し、店員さんが笑顔で勧めてくれたのは、浴衣本体だけでなく、帯やら下駄やらがセットになっているものだった。そういえば、浴衣と言ったら下駄も必要になるんだっけ。何が必要なのかも分からない明日夏にはぴったりなセットだ。
「んー。いっぱいあるけど……この柄のがいいかな?」
明日夏が選んだのは、青い朝顔が鮮やかな浴衣だった。やっぱり元男として、ピンクより青色の方が好みである。
「ありがとうございます。とてもお似合いだと思います。フリーサイズですから丈は問題ないと思いますが、セット商品ですので試着は出来ませんが……」
「あ、それはいいです。馬鹿どもに見せる義理はないんで」
明日夏が即答すると、店員さんも苦笑いを浮かべた。
店の入り口では、まだ一樹たちが不毛な言い争いを続けていた。
☆☆☆
そして迎えた七夕祭り当日。
明日夏は浴衣セットを持って部屋を出た。ちなみにいくら明日夏でもさすがに茜からの資金二重取りはしなかった。
だからこそ、資金を出してくれた(ていうか押し付けた)クラスメイト達に浴衣姿を見せる義理は果たさなければならない。
「ねーねー。彩芽、浴衣の着付けお願い」
とはいえ、自分では着付けができないので、明日夏はさっそく、リビングでテレビを見てる彩芽の元にやってきた。
明日夏が軽く言うと、「は?」と強い口調と白い目が返ってきた。
「浴衣持ってないのに、そんなの出来るわけないじゃん」
「えーっ」
確かにそりゃそうだ。同じ家族としてずっと暮らしていても、彩芽の浴衣姿は見たことないし。でもそれを言うなら彩芽どころか茜も……
「……えーと。もしかして、茜姉も着付けって、出来ない?」
「うん。ごめんね~」
休日なので家にいる茜にも声をかけたみたが、予想通り申し訳なさそうな返答が戻ってきた。
「どうしよう……」
すっかり姉妹に頼る気満々だった明日夏は浴衣を持ったまま、ぼーぜんとした。普通こういうのって、家族がなんでも出来るのに。帯が何本もあるけどどれを使えばいいのか。浴衣の裾も店員さんは大丈夫って言ったのに、着てみたら床についちゃうくらい長すぎだし。
何てやりとりをしていると玄関の呼び鈴が鳴った。
「おーい。準備できたかー」
一樹だった。
「あ、そうだ。入間さんなら案外着付けも出来るんじゃない? 色々出来る人だし」
「ん、着付けか? おう、出来るぞ。昨日も予習してきたしな」
勝手に上がり込んできた一樹が言った。
「えっ。本当に? そっか。お願いしちゃおうかな」
「おう。任せとけ。よし。ではまず始めに言っておくことがある。浴衣の下に下着は……」
「付けていいんだよね。あと浴衣の下に着る白い肌着もセットにあったから、先にそれを着てくるね」
明日夏に機先を刺されて言われ、一樹ががっくりと肩を落とした。
その後一樹と、スマホで着付けのやり方見ながら手伝ってくれた彩芽のおかげで、無事明日夏の身体に浴衣が装着された。髪の毛の方は茜がやってくれた。
「ほら。出来たわよ」
彩芽に言われ、明日夏は改めて鏡の前に立って自分の姿を映した。
「おー」
思わず声を上げてしまった。
普段と違う姿だからだろうか、鏡の中に写る青い浴衣を着た可愛い子が自分だと一瞬気づかなかった。
スカートににはすっかり慣れてしまって、男子のときの感覚で普通に着られるようになったけれど、男のときに縁の無かったこういう服を着ると、改めて今の自分が女の子なんだと実感する。
「うん。可愛いわよ~。あー、お姉ちゃんも一緒に行きたかったなぁ。そうだ。今のうちに写真をたくさん撮っちゃいましょうねぇ」
茜が携帯ではない、しっかりとしたカメラを持ってくる。クラスメイト達と回るからと、保護者同伴を明日夏に断られていたため、茜はそれを埋めるべく写真を撮りまくる。
けれどそんなノリノリな茜とは対照的に、一樹はなぜか微妙な表情だった。
「ん、どうしたの?」
「いや……着付けに参加できたのは良かったが、これだと待ち合わせ場所に現れた着物姿に感動、というやつができないんだなぁと」
割とどうでも良かった。
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