第47話 再会と決断 - 前編
「砂糖だ! 砂糖をもっと持ってこいっ!」
「追い砂糖、追加ぁぁっ」
文化祭もそろそろ終了時刻が迫ってきていた。
店じまいに向け各クラスでは安売りするなどして、ラストスパートをかけていた。
結局、低カロリーの波に乗れなかった明日夏のクラスでは期待していた女子はほとんど姿を見せなかった。
代わりむさ苦しい貧乏学生どもがカロリー摂取を求め大量に訪れて、売りつくしスイーツを食らっていた。
何て言うか、ちょっとした地獄絵図である。
「まー、ぼくの責任じゃないしねー」
「相変わらずですね、明日夏君は」
「あ、英治。ミスコンお疲れー。そういえば、例の女性は見つかった?」
英治に話しかけられて、ぼーっと他人事のように自クラスの模擬店を眺めていた明日夏が、思い出したかのように尋ねた。
実際、英治の顔を見るまで忘れていた。
「ええ。暇を見ては校内を回っていたのですが、そのことについて明日夏君を探していました」
「えっ、もしかして見つかったの?」
「いえ。そもそも私はその女性の姿を知らないので、私だけでは探しようがないということに、今気づいたのです」
「――確かに!」
明日夏も大概だが、英治も勉強以外の知識では抜けているところがある。
「というわけで、委員長権限で片づけ・撤収作業を免除しますので、明日夏君が探しに行ってきてください。残念ながら私の方は、生徒会の仕事がありますので」
「そっちも大変だねー。分かった。探してくるねっ」
明日夏は素直にうなずいた。
もっとも、そんな簡単にあの人が見つかるとは思っていない。
むしろ探すのを口実に、最後の食べ歩きができる! って感じで明日夏は男どもがたむろする教室を後にした。
☆☆☆
校内の模擬店はだいたい回っていたので、明日夏は校庭に出てみた。
こちらにも運動部を中心としたスイーツの出店が並んでいる。
そろそろお開きと言うこともあって、最後の売り込みをしているところや、すでに売り切れで店じまいしているところもある。
そして、そんな店じまいをしている出店のひとつで――
「のぉぉぉっ。最後にとっておいたのに、まさかの売り切れじゃと」
ずいぶん前のはずなのに、不思議と聞き覚えのある声が明日夏の耳に届いた。
「あっ、いたーっ!」
「なんじゃ、やかましい」
明日夏の叫び声に振り返ったのは、どことなく古風な雰囲気をにおわせた女性。顔を完璧に覚えているわけじゃないけれど、この話し方は間違いなく、あのときの女性だ。
「ほら、ぼくだって。あのときの!」
「知らぬ! ああもう。わしは傷心なのじゃ。好きなものを最後にとっておくというわしのポリシーがまさかのアダになるとは……」
「……えっと。これ食べる?」
「む。いいのか。……おおっ。何じゃこれは、、ひたすら甘いぞ」
まともな会話が出来そうにないので、とりあえず明日夏は、店の余りでもらってきた例の激甘スイーツを女性にあげてみた。
そしたら文字通り食いついてきた。どうやら気に入ってくれたようだ。何となく人外っぽい人なので、カロリーの件は大丈夫だろう。たぶん。
「おぉ。そういえば、お主はいつぞやの鯛焼きの。すっかりその格好が様になっていたから、気づかなかったぞ」
「どうも」
明日夏はため息をついた。
このマイペースな感じ。間違いなく、例の女性(名前はもう忘れた)である。
「えっと……そのことについて、話があるんだけど」
「む。ちょっと待て。お主が何の話をしようとしているのかは知らぬが、わしもそんなに暇ではないのじゃ。話を聞くために、ひとつ条件がある」
「……条件?」
明日夏はごくりと息をのむ。
人外っぽい人の条件。いったい何を要求されるのだろうか。
「今の甘い菓子、もう一つ貰えないじゃろうか。気に入った」
身構えていた明日夏の肩が、がくっと下がった。
☆☆☆
「……なるほど。あのとき女子の姿をしていたのは、望んだものではなかったというわけであるか。わしの早とちりだったのだな。それは失礼した」
撤収作業が始まった校内の端っこで、明日夏は例の女性と向き合っていた。
ちなみに男子校文化祭に、後夜祭のキャンプファイヤーを囲んでフォークダンス、なんてイベントがあるわけもなく、とっとと壊して終了である。
「じゃが、だからといって、簡単にほいほい何度も姿を変えられるわけではないのだが」
「うん。そのことは、弟さんから聞いたよ。でも、もう一度男の子に姿を変えることはできないけれど、今回の女子化を無効にすることはできるって」
「ほう。お主、あやつと会ったのか」
「え……もしかして、ぼくのこと、聞いてなかったの?」
「うむ。そもそも会ってもおらぬからのー」
この人たちがどういう存在でどう暮らしているかは分からないけれど、明日夏たちの世界の一般的な家族関係とは異なるのかもしれない。まぁ当の明日夏も両親とはしばらく顔を合わせていないけれど。
ともあれ、そういう状況だったのなら、今回のスイーツ祭りは大正解だったようだ。
「うむ。聞いていたのなら話は早い。その通りじゃ。同じ人間の願いを二つ以上かなえることは出来ないが、術を取り消して『無かった』ことにはできる」
「そもそもそれって、また性別を変えるのと、どこが違うの?」
明日夏が聞き返す。
言葉のあやみたいで、どこが違うんだろうと疑問に思っていたのだ。
その質問に、女性はさらりと端的に説明した。
「無かったこととは言葉通り、お主が女子になったという事実が無くなるのじゃ」
「へっ? じゃあ今までのことはどうなるの?」
「女子だった時期はなくなり、男として過ごしていたことになる。記憶もそのように置き換わる。同じように、お主に関わった人間の記憶も変わる。当然じゃな。女子のお主は存在していないのだから、その記憶があるわけがない」
「んー。それってつまり、夢オチみたいなもの?」
明日夏が思いっきり要約した解釈を示した。
「まぁ、そのようなものじゃ。もっとも夢と違って、記憶は残らぬがな」
「つまり、記憶の改竄みたいな感じ? でもそれって、ぼくを男に戻すよりも難易度高い気もするけど」
「それはお主の世界での常識としてであろう。我々の間ではそっちの方が簡単で、すたんだーどなのじゃ。そもそもわしが記憶をいじるわけではない。お主が男だったという世界軸に合わせて、記憶も勝手に変わるだけじゃ」
「そーゆーものなんだ」
「そういうものなのじゃ」
女性がきっぱりと言った。
やっぱり明日夏たちの世界とは常識や考え方、が違うのだろう。
とはいえ――
「今までのことが無くなっちゃうのはなぁ。他に方法はないの?」
何だかんだで、この数か月。女子として楽しい思いもいっぱいしてきた。その思い出がすべて消えてしまうのは寂しい。
明日夏がそう尋ねると、女性が意外そうな顔をして問いかけてきた。
「ほう。女子のままで良いというのか?」
「……いや。そういうわけじゃないけれど……。そもそも女の子のままだといろいろ不都合があるし」
「なら、こんなのはどうじゃ? つまりお主が言いたいのは、いきなり性別が変わったことによる不都合であろう。ならばお主は、元から女子だったことにしてしまうのだ」
女性があっさりと言う。
記憶どころか世界も変えちゃうのは、さらに大変そうだけど、これも明日夏の主観であって、女性にとっては普通なのだろう。たぶん。
明日夏のことは変えられないから、逆に周りを変えてしまう、という力業だ。
「でもそれって今度は、昔の男だったときの記憶が無かったことになって、女だったって記憶に置き換わることじゃない?」
「うむ。その通りじゃ」
結局、最初の案と似たようなものだ。むしろ記憶の置き換え期間はこっちの方が長い。
「それ以外の方法は……?」
「ない」
きっぱりと女性が告げた。
「じゃあ。ちなみに、このままだと……?」
「わしは何もしないだけじゃ。ただそれだと世間的にお主が困るのじゃろ?」
「あ、そっか」
彼女の言う通りである。今はまだ、学校の方針で女装していることになっているけれど、いつまでもその理論で通し続けられるわけではない。
このままじゃ色々規格外すぎて困る。一樹や和佳、茜・彩芽のような親しい間柄や、海斗や英治のようなアニメ脳はともかく、それ以外の人にとっては異常すぎる出来事。社会的にいろいろな問題が山積みだ。
明日夏は考え込んでしまった。
元々簡単にはいかないと思っていたけれど、女性の話だと男に戻るにも女子としてこのまま生活するにも、いずれにしろ記憶を失ってしまうということだ。
そんなすぐには決められない。
「あの……少し考える時間をもらってもいい?」
「うむ。わしもそんなに余裕はないが、一日くらいなら特別に待ってやってもよいぞ。――そうじゃな、明日のこの時間、以前お主と会ったあの鯛焼き屋の前で待っているぞ」
―――――――――—
ここまでお読みくださりありがとうございました。
次回が最終話になります。
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