第46話 第二回、ミスコン

「野郎ども、可愛い女の子は好きかーっ?」

「おおーっ」

「女の子じゃなくても、可愛い子は好きかーっ?」

「おおおぉっ!」


 文化祭も午後に入って、そろそろ終わりが近づいてきた頃。

 体育館では本日のメインイベントが、第二回、武西高校ミスコンが開催され、大井に盛り上がっていた。スイーツ祭り目当てで来場した女性の姿もちらほら見られるけれど、ミスコン会場に集まっているのはほとんどが在校生――野郎どもである。


「どーも、前年度チャンピオンで殿堂入りの秋津明日夏です」

 そんな彼らを盛り上げている司会進行役の海斗の横で、明日夏が壇上から挨拶をした。

 生徒会とは関係ない明日夏だが、あえて海斗とともに司会進行役を買って出たのである。もちろんその目的は、出場者側に回りたくないからだ。

 ちなみに海斗は、主催の生徒会副会長という立場で司会を務めているけれど、会長の方の英治の姿は見あたらない。

 まぁ彼の場合、例の女性を捜すという目的があるので、不在なのは分からなくもないけれど。


「それでは、明日夏さん。昨年度優勝者として、今年の参加者へ一言」

「優勝者の方は、来年の女子生徒役をお願いします」

「ではさっそく、一番の人から、どうぞ!」

 こうして第二回ミスコンは始まった。



  ☆☆☆



「帰れ!」

「引っ込んでろ!」

「出直してこいっ!」


 観客から舞台に向けて、容赦ない罵声怒声が飛び交う。

 いわゆる「受け狙い」な参加者へ対しての物言いである。

 そもそも男子校の女装大会なので、本来ならこういう輩がメインになるはずなのだけれど、去年の明日夏が無駄にハードルをあげてしまったため、観客の目が厳しくなっているのだ。

 当の明日夏としても、女装の苦労は身に沁みついているので、冷やかし気分の参加者には厳しかった。


「えー。なかなか厳しい言葉が飛び交っていますが、どうです、解説の明日夏さん?」

「そーですねー。中途半端な女装はやめてもらいたいですねー。見せる覚悟がない奴が、スカートを穿くな、ってところです」

「おー。では明日夏さんは、パンツを見せる覚悟があると」

「パンツじゃなくて、スカート姿を、ってことだから!」

「さすが上級者は違います。しかし明日夏さんクラスになると、なかなかいないのも事実。そこで次の参加者は奥の手を使用してきました。映研&漫研部の合同参加だぁ!」



 海斗の言葉に現れたのは、美女――ではなく、白い巨大なスクリーンだった。


「理想の美少女なんて存在しない? ふっ。ならば、作ればよいのだ!」

「おぉぉーっ」

 スクリーンとともに現れた博士っぽい男子がそう高らかなに宣言すると、白い巨大スクリーンに、二次元のアニメ風の美少女が映し出された。

 観客が大いに盛り上がる。


「えー。これって、よくネットで見かけるやつじゃん」

 明日夏が、盛り上がりに水を差すような司会者ならぬコメントをつぶやく。

 いわゆる、何とかチューバ―ってやつだ。


「でもでも~可愛ければ、いいじゃないですかぁ」

 スクリーン上の美少女が、アニメ風なボイスチェンジされた声とともに、くねくねポーズを取る。

 その姿に、おーっという歓声が観客たちから再び上がる。

 それなりに好評のようだ。


 だがしかし。

 そんな体育館の熱気と揺れのせいか。はたまたスクリーンの設置が安定を欠いていたのか。

 二次元美少女が踊りを披露しているスクリーンがぐらりと揺れ、ゆっくりと舞台前に向けて倒れてきたのだ。

 もっとも、ゆったりと倒れてきたので、明日夏も海斗もスクリーンに押しつぶされることはなく、難なく避けることはできたけれど。

 問題は倒れたスクリーンの後ろにいた人物だった。


 彼もスクリーンの倒壊からは逃れられた。

 だがそのスクリーンが倒れたことによって、本来ならスクリーンに隠されて観客席からは見えない己の姿を晒してしまったのだ。

 なぜかほぼ全裸の身体に色々な器具をつけて、踊っていたムダ毛だらけの男子の姿。

 彼は状況に気づいて悲鳴を上げた。


「きゃぁぁぁ」

 ボイスチェンジは生きていたのか、場違いな可愛らしいアニメ風の悲鳴が上がる。


「って、やかましいっー!」



 ――しばらくお待ちください――



「……てか、なんでわざわざ舞台の近くでやるかなぁ。しかも半裸で」



  ☆☆☆



 その後もミスコンは進行を続けたが、いまいちな女性(男性)ばかりの登場が続いていた。

 だがそんなとき、ついに一人の美女が出現したのだ。


「おーっ」

 観客から久しぶりに感嘆の声があがる。明日夏も同じように声を漏らしてしまった。

 美女である。

 ウイッグだろうけれど、髪が長く長身。知性を感じさせる切れ長の瞳。強めだけれど濃さを感じさせない完璧なメイクが施された、大人の雰囲気を醸し出す女性である。

 明日夏が美少女だとしたら、こっちは「美女」である。


「なるほど。英治のやつ、そうやってきたか」

「ん、どういうこと? ……って、ま、まさか、英治っ?」

 海斗の言葉に明日夏は、舞台に上がった美女をまじまじと見て、その正体に気づいた。

「ええ。そうです。どうですか?」

「ふっ。可愛らしさという点では、明日夏にかなわないからな。ならばと別の方向からアプローチして見せた、ってわけさ」

 今まで姿を見せなかった一樹が現れて、そう解説した。なるほど。去年の明日夏のように、今年は英治をコーディネートしていたようだ。

 

 確かに素の可愛らしさでは、元から素質があって、今では正真正銘の女の子である明日夏に比べれば見劣りする。

 そこでカッコいい系の女子、男装の麗人スタイルで勝負をかけにきたのだ。

 そもそも実際は男子なのだから、その点はむしろ明日夏より英治の方が有利。


 なんだけど。


「……あー。なるほど。英治だから、その部分がそーだったんだ」

 明日夏は美女の胸元に白い目を向けた。

 不自然に盛り上がった二つの膨らみ。乳袋ってレベルではない。

 美熟女にはなれないけれど、せめて巨乳だけなら、ってわけだろうけど。


「ええ。女装するといったら、これがなくては始まらないでしょう」

 英治はそう言って胸を張る。明らかに重そうだった。


 そして。

 結局その重みに耐えられなかったのか、二つの重りが服を突き破って、ぼとりと落下。英治の足に直撃した。

「のぉぉっ」


 ――しばらくお待ちください――


 再びそんなテロップが入りそうな光景に、明日夏は大きくため息をついた。



  ☆☆☆



「さぁ、盛り上がったミスコンもいよいよ最後の出場者になりました」

「……あれ? リストだとさっきの人(メイドコス)で終わりなんじゃないの?」

「ええ。最後は何と、飛び入りの参加です。しかもなんと現役の女子高生!」

「へ? えっ、ええっ?」

「おぉぉっ」

 戸惑っている明日夏をよそに、観客席から大きな歓声が沸き起こった。


 現れたのは、明日夏が着ているのと同じ武西高校女子用のセーラー服を身にまとった、どこからどう見て美少女な女の子。

 しかもその人物は――


「って、の、和佳っ?」

「えへへ。どーだ」

「まさかの、現役の女子高生にして女子校生の登場だぁぁ」


 海斗が盛り上がった声をあげる隣で、明日夏は呆然としていた。

 舞台奥に待機している一樹がにやにやと笑っている。うちの高校のセーラー服をわざわざ着ているってことは、あらかじめ仕込んでいたのだろう。和佳があのとき、「またね」と言ったのは、このことだったのだ。


「ていうか、そもそも部外者が出場していいの?」

「まぁまぁこれもお祭り。いいんじゃないでしょうか。しかし飛び入り参加がOKだったら、近所に住んでいる女子小学生でも――」


「えーっと、意気込みをお願いします」

 海斗の言葉を遮るように、明日夏が司会として和佳に言葉を向ける。

「はい。明日夏ちゃんに勝ちたいですっ」

「えっ?」

「おぉぉぉーっっ」


「というわけで舞台上の二人で決戦投票になります。一人一票、投票お願いしまーす」

「……結局、ぼくも参加扱いになるんだ」


 とはいえ、今年は変なドレスに着飾ることもなく、いつもの格好のままなので、気が楽と言えば楽な明日夏であった。




 こうして、勝負は同じ制服を着た明日夏と和佳の勝負となった。

 そして結果は――


「第二回、ミス武西は、野方和佳さんっ!」

「やったぁぁ」

「良かったね。おめでとう」

 明日夏はほっとした。もちろん和佳に勝てるとは思っていなかったけれど、それでも何かの間違いで勝っては、申し訳ない。


「ちなみに投票者のコメントによると、どっちも可愛いので迷ったので、最後は胸の差で選んだ、との意見が多数見られました」

「男子って……」

 無邪気に喜んでいる和佳の横で、何故か明日夏の方が大きくため息をつくのであった。






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