第45話 文化祭、開幕


 九月の最終日曜日。

 武西高校の文化祭が開幕した。

 英治たちが上手く「スイーツ祭り」を宣伝をしてくれたおかげか、開門前から、普段は校内で見ることのない女性たちの姿が多く見られた。

 もしかしたら、本当にあの中に、例の女性も含まれているかもしれない。


 もっとも当の明日夏はあまり気にすることなく、提供用のスイーツの準備を進めていく。注文を受けてから作るのではなく、作り置きがほとんどだ。後はちょっとした飲み物をその都度用意するくらいである。

 つまりスイーツの準備を終えてしまえば、明日夏のお仕事は終了。あとは自由に校内を回れるのだ。


「それにしても、なんか、みんな残っているよね?」

 明日夏が教室を見回して言う。

 普通文化祭において、店番側と遊びに行く側だったら、圧倒的に後者の方が人気で、そっちの方の希望者が多いはず。なのに今日に限っては、クラスの男子どもがほとんど残って店番側にいるのだ。

 まぁそんな彼らの手伝いのおかげもあって、準備はもう終わりそうだけど。


「ふ。甘いな。闇雲に校内を回るより、店にやってくる女の子たちを待っていた方が、女の子と触れ合える確率は高いはずっ!」

「……なるほど」

 そういう目的があったわけだ。

 そうやって女子受けを狙っているから、明日夏もメイド姿を強要されることがないのだろう。普段だったら真っ先にその話題になるくらいだし。


 だが――


「おかしい。もうとっくに開演したというのに、客がまったく来ないぞ」

「そだねー」


 出来たお菓子をぱくつきながら、明日夏は適当に相槌を打った。

 教室にはクラスメイトの男子たちがずらりと手持ちなさげに並んでおり、ちらほらとあまり歓迎されない男性客の姿が見えるだけである。

 彼らが期待していた、女性客はまったく姿を見せていないのだ。


「んー。退屈だし、偵察がてらにぼくが見てこようか。見かけたらついでに呼び込みもしてくるから」

「おぉーっ。それは助かる。よし。頼んだぞっ」

「はーい」

 クラスメイト達に見送られ、明日夏は教室を出て行った。

 もちろん、まじめに呼び込みをするつもりはない。

 敵情視察と称して、他のクラスのスイーツを巡るためである。



  ☆☆☆



「ふぅん。二組は地元の抹茶を使ったスイーツかぁ。抹茶ってけっこう高いはずだけど、本物かなぁ。こっちはかき氷か。単純だけど、まだ暑いしいいかもな?」

 明日夏はきょろきょろと校内を見回しながら廊下を歩いていた。

 いちおう偵察っぽいこともしているが、本当のところは、たんに自分が食べたい物を物色しているだけである。

 やみくもに目についたものを食べていたら、本当に美味しそうなものを食べられなくなってしまう。何から食べるか、それが重要なのだ。

 そんな感じで校内を一人で回る。

 一樹は生徒会のミスコン準備に燃えているし、他の男子と一緒だと下心ありそうだし、一人で回るのが気が楽だ。


 それにしても。

 明日夏は校内を見回しながら、しみじみと思う。

 いつもむさい男子しかいない校内に、スカート姿の女子が目立つ。普段明日夏が校内を歩いているだけで、他の男子から注目されるのに、今日に限っては、周りの女子に混じって、それほど視線を感じない。これが共学というものなのか。

 と中学時代を思い出していたら、不意に声をかけられた。


「あっ。明日夏ちゃん。おーい」

「ん、あ、和佳。来てくれたんだ」

 明日夏は声の主を見て笑顔を浮かべた。

 通っている女子高の制服姿の和佳だった。ちっちゃなカッププリンを手に持って、廊下に姿を見せた。

 去年の文化祭は、和佳本人は興味があってもほかの女友達が男子校に尻込みしてしまい、結局来れなかったと聞いていた。

 ――まぁ去年に関しては、女装ミスコンを生で見られることがなかったので、それはそれで助かったけど。


 今回はスイーツ祭りということでも和佳以外の女子も興味を持ってくれたのだろう。

 と思いつつも、和佳以外の女子の姿は見えないけれど。


「あれ? 一人?」

「ううん。友達と来ているよ。いま中で待ってるところ」

 和佳がちらりと教室の方に目をやると、中で並んでいる女子の数人がこっちに向けて手を振ってきた。和佳の友達とはちょくちょく顔を合わせているけれど、毎回違う女の子のような気がする。

 それはそうと、このクラスの模擬店は大盛況のようで、かなりの行列が並んでいて女子の姿がいっぱいである。明日夏のクラストは大違いだ。


「和佳が今食べてるカッププリンも、ここの出し物?」

「うん。おいしーよー」

 幸せそうな笑顔である。

 それを見て、明日夏も目的を思い出した。


「あ、そうだ。和佳、うちの出し物にも寄っていかない?」

 宣伝である。

「うん。行きたい。明日夏ちゃんのところは、何を出しているの?」

「うん。激甘スイーツって、砂糖使用料限界まで挑んだお菓子を用意しているんだけ……ど」

 明日夏の言葉が尻つぼみになっていく。

 目の前の幸せそうな和佳の顔が明らかに一変したからである。


「――明日夏ちゃんは、何も女の子のことを分かってない!」

「え、ええっ」

「いい? 女の子にとって、カロリーは大敵なんだよっ」

「えーっ」

 怒られてしまった。

 男子校の男子どもが考えるスイーツと、現役女子高生が求めるスイーツには、やはり乖離があったようだ。明日夏も男子校の馬鹿ども側にいたのは、まだ男子として喜ぶべきか、いい加減女子に慣れろと呆れるべきか、微妙なところだけど。


 ちなみに、和佳が食べているプリンを提供しているクラスの看板を見たら、「カロリーオフスイーツ祭り」とあった。――もっとも、「ただし男子校ルールで100gあたりの糖分は10gまではカロリーオフとする」と小さく正し書きが記されていた。本来の定義からかけ離れている気がするけれど、和佳たちは、これを見ているんだろうか。


「だ、大丈夫だよ。ぼくもお菓子作りしているとき、ちょくちょく味見していたけど、別に太っていないし」

 明日夏がそう弁明すると、和佳がじっと見つめてくる。

 その小柄な身体を見て、むぅっと頬を膨らませる。

「それはそれでムカつくかも」

「えーっ」

 夏休みのときも和佳の女心を逆撫でたというのに、学習していない明日夏である。


「と・に・か・く! 甘いものは好きだけど太りたくないのが乙女心なの」

「うーん。分かった」

 明日夏は和佳の意見を採用して、クラスの男子どもに携帯で「カロリーカットが女子集客のカギ」とメッセージを送った。直接言いに行かなかったのは、彼らと顔を合わせたら、新たなメニュー作りをさせられそうだったからだ。

 激甘スイーツ(砂糖控えめ)という訳の分からないコンセプトを考えるのはめんどいし。


 なんてことを明日夏は送信していたら、逆に明日夏の携帯に一樹や海斗からメッセージが届いていたことに気づいた。

 それを裏付けるかのように、和佳が言う。

「あ、そうだ。明日夏ちゃんのこと、さっき一樹くんが探していたよ」

「んー。なんだろう」

 と言いつつも、この二人からの用事だと生徒会関係(ミスコン)くらいしか思いつかない。

 無視して和佳と一緒に校内を回ろうかなと思ったけれど、ちょうど和佳の友達もプリンを手に戻ってきた。


「あ。それじゃ、あたしは行くね」

「うん」

「それじゃ。またねー」

 そう言って、和佳が行ってしまった。

 まぁこれは仕方ない。友達と来ているのだから、つき合わせたら悪いだろう。

 和佳一人と回るのは歓迎だけど、他の女子も一緒なのは大変そうだし。

 それに、「またねー」ということだから、そのうち会えるだろう。たぶん。


 ということで――。

 明日夏は携帯をしまって考える。


 クラスの男子どもに付き合うか、生徒会関係の方に行くか。それとも両方とも無視して食べ歩くか。

 まぁクラスの方はあれだけ人がいるのだから、任せても大丈夫だろう。逆にミスコンの方は逃げても逃げても追ってきそうな気がする。

 しばらく考えて、明日夏は生徒会室の方に向かうことにした。ミスコン出場問題に関しては、対処策も考えてきているし。


 と、その前に。

「せっかくだし、ここのプリン食べてみようかなー。カロリー控えめみたいだし」

 何だかんだで、文化祭を楽しんでいる明日夏であった。



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