第44話 体験入部(文化部編)
二学期が始まって早々、校内のいたるところで文化祭の準備が始まっていた。
催し物は各クラスのスイーツ祭りだけではない。各部活動も、スイーツ祭りに参加を目指すところもあれば、そうではなく通常の文化祭のように活動内容をアピールしようとするところもあり、各部が準備にいそしんでいた。
とはいえ、帰宅部の明日夏にとってそちらは関係ない。
クラスの方でも、激甘スイーツのレシピづくりを完成させるという、明日夏にしては珍しく仕事をしたし。内装の準備は任せて自分は悠々自適。
だったんだけど。
「さて。久しぶりにやりますよ。部活動体験」
「えぇーっ」
生徒会室に呼ばれた明日夏は、英治にそう告げられてうめいた。
「文化祭の準備に向け、明日夏君に協力して欲しいという依頼が何件か来ていましてね。まぁ今回は文化部なので、性別がバレるような過度なコスチュームにさらされることはないでしょう」
「……むしろ危険な気がするんだけど」
そう思いつつも、文化祭の準備で校内が活気づく中、ささっと帰ってしまうのももったいないので、とりあえず顔だけでも見せてみることにした。
☆☆☆
英治に命じられて、まず明日夏が向かった、美術部である。
初っ端から、もう嫌な予感しかない。
「というわけでさっそくヌードモデルを」
「するかっ!」
間髪入れずに言ってきた要求に、明日夏も間髪入れずにツッコミを入れた。
「何も別にやましいことはない。あくまで芸術の一環である。さぁ脱ごう!」
「芸術って言えば何でも許されるの、良くない!」
言論の自由と称して、卑猥な言葉を言ったり言わされたりするようなもんだ。
はーはー、と大きく息を吐く明日夏。
だがここまでは明日夏も予想していた展開である。
そこで、あらかじめ考えておいた言葉を美術部の連中に突きつける。
「――でも、それで本当にいいの?」
明日夏の意味深な言葉に、部長たちが疑問符を浮かべる。
そこに畳みかけるように、明日夏は言った。
「今回書いた絵は、文化祭で展示されるんだよね。今回は来年入学希望の女子も見に来ると思うけど、それを見てどう思うかなぁ?」
「むっ」
「美術部に入ったら、女子はヌードモデルをさせられる。そんな噂が広まって、果たして入部希望者はくるだろうか。いや、ない(古典的用法)。ま、逆にそれ目当てで、むさい男子たちはたくさん集まってくるだろうから、部活的には大丈夫だよね」
「うぐぐ」
「――つまり本物じゃない男のぼくをヌードのため、本物の新入部員の女子たちとの、キャッキャウフフな部活動タイムが台無しになるんだけど? それでもいいのかなぁ」
いつぞや英治がクラスメイトに説いた「60のおっぱい論法」のパクリである。
案の定、一年生っぽい男子から泣きが入った。
「せ、先輩。それは耐えられないっす!」
「むむぬっ」
他の上級生たちからも苦悶の声が上がる。
ちなみに三年生がいたら、来年の新入部員なんて関係あるか、と開き直られるのだが、この美術部には一年と二年しかいないのは確認済みである。
究極の選択に迫られる部長。
だが彼は、不意に妙案が浮かんだかのように立ち上がった。
「――いや、待てよ。なら発送の逆転だ。男のヌードが見られるのなら、逆に女子部員が増えるのではないか?」
「えっ……」
まさかの論調に、明日夏は一歩後ずさった。
今の明日夏は男という設定である。このままだと……
「おおぉっ。さすが先輩っす」
「よし。じゃあさっそく描くぞ。脱げ」
「はいっす」
「……」
男の裸といいつつ、男の娘という設定のある明日夏のことを狙っているのかと思ったけれど、意外にもごく普通の美術部員が選ばれて、選ばれた方も当然のように脱ぎ始めた。
彼らからすると、明日夏は男としてカウントされていないのだろうか。
「それじゃねー」
男子の裸なんて見たくないし、男なら明日夏を描けばいいじゃん、と言い出さないうちに、明日夏は逃げ出した。
☆☆☆
続いて明日夏が訪れたのは、ゲーム研究部だった。
小さな部屋にはパソコンが三台置かれていて、案内してくれた部長さんをのぞく三名の部員がそれぞれのパソコン前に座っていた。
「実は今度の文化祭で、自作のゲームを発表しようかと思っているのだ」
「へー。面白そう。うんうん、嫌いじゃないよ」
部長の言葉に、明日夏は好意的にうなずいた。
中学のときは運動部だったくらいだから運動も好きだが、普通にゲームも好きだ。これは男女関係ないし。
「それで、秋津くんには声をあてて欲しいんだ」
「え、もしかしてアフレコってやつ?」
明日夏の問いに、部員たちがうなずいた。
パソコンの画面を見ると、二次元美少女が映っていた。どうやらシミュレーションゲームのようだけれど。
「ああ。外部に依頼するより、身近の人間の方がいいからな。君は容姿だけじゃなくて声も女声だから、ボイスチェンジする必要もなさそうだし」
「うんうん」
周りの男子がうなずく。
女声なのは本物の女子だから当然である。
だがその声から、実は本当の女子なのでは、と疑われているわけでもないようだ。思いこみというのはすごいものである。
「まぁ、あんまり変な台詞じゃなければいいけど」
「そこは安心してくれ。とっても健全なR15だ」
「十五禁って時点で健全なのかなぁ。あ、それと演技も上手くないよ?」
「そのあたりも大丈夫だ。こっちの指示通りに声をあててくれればいいから」
そう言って、部長さんが強引に明日夏に台本を手渡した。
明日夏は仕方なくそれに目を通す。
「えーと、『あんこ食べに行く?』 何これ、最初の台詞がこれ?」
明日夏はきょとんと首を傾げる。
いったい、どんなストーリーなのか。訳が分からないけれど、もしかしたら意外と斬新なシナリオなのかもしれない。
「ああ。それで間違いない。ただ、その台詞の話し方について、注文がある」
「うん」
「あんこの「あん」の部分を強めに発音して、「行く」の部分は「く~」って伸ばすような感じで」
明日夏は台本を投げ捨てた。
「何考えているのっ、馬鹿なの? アホなの? それしか頭の中にないわけ?」
「まぁまぁ。今のは冗談みたいなものだ。ほら、他は普通だろ?」
拾われて再び渡された台本。
明日夏は冷めた目で適当に開いて目を通す。
「あそこに見えるのは、栗とr……って、言えるかぁぁ!」
さすがの明日夏もぶち切れて、散々罵声を浴びせさせた。
もういっぺん生まれ変わったら? だの、ギャルゲーをなめるな、などなど、散々わめき散らしていると、さすがに部長も堪えたのか、両手をあげて降参した。
「OK。分かった。これは諦めよう。ボイス無しにするから」
「それはそれで内容的にはどうなのか分からないけど……まったく、もぉ。ぼくはもう帰るね。文化祭に出すんだったら、ちゃんとした物を作らなくちゃダメだよ」
明日夏はぷんぷん怒ったまま部室を出た。
そしてにんまりとした表情を浮かべた。
クラスの馬鹿どもに鍛えられ、セクハラ行為には慣れている。あれくらいは日常茶飯事なのだ。それでもああやって文句を言い続けたのは、体よく仕事から逃れるためである。途中からは、わざと罵っていた部分もあったのだ。
「よし。お仕事、しゅーりょー」
そう満足げに部室を後にする明日夏であった。
だがにんまりとしていたのは、明日夏だけではなかった。
「……いまのちゃんと撮れていただろうな」
「はい。ばっちりっす」
その後の文化祭当日。
ゲーム研究会から『明日夏ちゃんに叱られる』という音源が発売されて大盛況になるのだが、それは後の話。
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