第43話 文化祭はスイーツ祭り
長かった夏休みもついに終わって、二学期に突入した。
休みもいいけれど、久しぶりの学校もやっぱりいいもの……何だけど。
「さて、早速だが……。転校生を紹介したいと思う」
担任の中井が教壇に立って、日焼けした生徒たちを見回すようにして告げる。
「――秋津明日夏さんだ」
「おぉぉぉっっ!」
クラス中から声が上がる中、明日夏はてくてくと教室に入って、教壇に上った。
「どーも。転校生です。……って、これ、なんかの意味があるの?」
「うむ。共学になったらこういうイベントもあるかもしれないだろ。つまりそういうことだ」
「はぁ。……ま、いっか」
明日夏も久しぶりに味わう男子校のノリに、悪い気はしなかった。
結局夏休みに女の子との出会いがなかったのか、その不足分を求めて殺到してくるクラスメイトどもを適当にあしらって、ホームルームに始業式を終えた。
二学期初日は始業式が終われば、帰宅部には特になんのイベントもない。だが明日夏は生徒会長の英治に呼ばれていたため、そのまま生徒会室に行くことになった。
生徒会室にはすでに副会長の海斗も来ていて、なにやら書類を持っていた。
海斗は明日夏の姿を確認すると、さっそくその書類を見せながら話しかけてきた。
「よう。今年の文化祭のテーマが決まったぞ」
「へぇぇ。えーと、なになに……『武西高校、スイーツ文化祭』?」
およそ男子校に相応しくない名称に、明日夏は素っ頓狂な声を出す。
そんな明日夏に向け、英治が自信ありげに補足を加えた。
「ええ。これを大々的に唄うことによって、明日夏君を女性にしたという例の女性を呼び出します」
「あっ。そういえば、休み前にそんなこと言ってたっけ」
自分のことなのに、すっかり他人事のような反応を示す明日夏である。
だが確かにあの女性と出会ったのは、レアな鯛焼きを食べに来ていたことがきっかけだった。とはいえ彼女がスイーツ巡りをしているかどうかは不明だ。
以前一樹と東京巡りをしたときも見つけられなかったし。
「ていうか、ぼくたちの一存で、学校行事をこんなことにしちゃって大丈夫なの?」
明日夏を元に戻すためというより、英治や海斗たちが各々の理想の女性を求めているだけなのは知っているけれど、それはそれで私利私欲・職権乱用だ。
「ええ。先生方に提出したところ、むしろ好評価でしたよ。コンセプトはスイーツを全面に押し出すことによる、女性客の呼び込み。来年共学に向けての準備として、先生方の反応も良く、各クラスを代表する生徒会委員からも女子高生が遊びに来るのなら、と大盛況なのです」
「おーっ。なるほどね」
私利私欲と思いきや、いちおう各方面からの支持はあるようだ。
明日夏は海斗から受け取った資料をめくって、内容に目を通した。
参加・不参加は自由だが、各クラス・部活動の団体ごとでスイーツをメインとした模擬店を作り、その売り上げ・アンケートによる評価で、順位を競うという祭りだ。甘いもの好きの明日夏としても、面白そうだと感じた。
だが文化祭は、ただスイーツ店が並ぶだけではないのだ。各部活動や生徒会が主催で、数々のイベントが行われる。
そのひとつについて、海斗はにやりと笑って、明日夏に告げた。
「あと、今年もやるからな。ミスコン」
「えぇぇーっ」
明日夏が嫌そうな声を上げた。
元はといえば、あれがすべての始まりだった元凶だ。
「ええ。あれも去年、好評でしたからね。ちなみに明日夏君はディフェンディングッチャンピオンということで、予選は免除されていますので」
「予選なんて、元々ないし!」
「まぁこれもすでに校長の承認を受けているからな。ま、客寄せのためにまた頼むわ」
「ううーっ」
校長には成績や学費などいろいろな貸しがあるので、命令と言われたら断ることはできない。
明日夏はがくりとうなだれた。
☆☆☆
とりあえずミスコンのことは先延ばしにするとして、さっそく明日夏のクラスでも、今回の学園祭で何のスイーツを提供するか、話し合いが始まった。
「やはりより多くの女子に来てもらうためには、女子受けするスイーツを作るべきだろう」
「おー。そうだな。けどさ、女子受けするスイーツって何だ?」
「無難なところで、やっぱりタピオカか?」
「んー、どうか? もう古いんじゃないか。他のクラスト被るかもしれねーし」
「ならば逆に、和菓子で攻めてみるのはどうだ?」
「いやいや。和菓子って作るの難しそうだぞ」
クラスメイトたちが次々と声を上げるが、話はいっこうにまとまらない。
そんな状況に、クラス委員長も兼ねる英治が、ぽけーと何もしていない明日夏に問いかけた。
「そうですね。ではここは、女子『役』をしている明日夏君に聞いてみましょうか」
「えっ、ぼく?」
突然話を振られ、明日夏はきょとんと聞き返す。
そして少し考えて、答えを出した。
「えーと、あまいもの?」
「……こいつに聞いたのが馬鹿だった」
周りからの白い視線が痛かった。
「いや……意外といい線行っているんじゃないか?」
だが明日夏の意見に賛同したものがいた。一樹である。
彼はクラスの皆を見回して語りだした。
「例えば、激辛がウリで辛さのランクを自由に選べる店に行ったとする。そしたら興味本位で、一度くらいは最高ランクのものを食ってみたいと思わないか?」
「まぁ……確かに。食えるかどうかはおいても気になるよなぁ」
そんな声が上がる。
そんな中、英治が一樹の言いたいことに気づいたのか、まとめて言った。
「なるほど。今回のスイーツ祭りで、激辛の反対をやろう、ということですね」
「おおー。なるほど。激甘か」
「インパクトあるし、面白いんじゃないか」
「ハバネロとか激辛唐辛子ってあるけど、砂糖にも甘さの違いがあるのかな」
クラスメイトが乗っていく。
そんな光景を見て、明日夏は誇らしげな表情を見せた。
「ほらね。ぼくの言ったとおりでしょ」
もちろん、その発言はスルーされた。
さっそくクラスのみながスマホで調べたところ、世界一甘い菓子は「グラブジャムン」というインドの料理のようだ、ということでまとまった。
形状は丸いドーナツのようなもの。それを砂糖シロップで漬けたものらしい。
「へぇぇ。これなら簡単に作れそうだねー」
一樹が表示させたスマホの画面をのぞき込みながら、明日夏が言う。
「おお、さすが男の娘! 普通の料理だけじゃなく、スイーツ作りも出来るのかっ」
「ん? お菓子は作ったことないよ。けど大丈夫だよ。どーせ普通の料理とやることは一緒なんだし。材料さえ分かれば、ある程度適当に作っても」
「それって、お菓子作りで一番ダメなパターンな気もしますが」
「それはそれで良いけどな」
「……私は食べませんよ」
盛り上がるクラスの中、英治がため息をついた。
善は急げと、明日夏はさっそく学食に行って材料を集め、見様見真似に「グラブジャムン」なるものを作ってみた。かって学食でアルバイトまがいをしたため、おばちゃんたちとも顔見知りなので、材料には事欠かないのだ。
だが――
「おぉっ、確かに甘いっ」
「すげぇな、このシロップ……」
とそんな声が上がる一方で。
「だが意外と普通じゃないか?」
「ああ、俺、普通に好きかも」
「激辛並みの甘さを期待していたから、拍子抜けだよなぁ」
という声も上がる。
明日夏もそちらの意見に賛成だった。
「うぅーっ。ぜったいこんなレベルじゃないはずだ!」
明日夏はうめいた。
確かに甘いけれど、世界一を唄うくらいである。これくらいでは物足りない。
「一晩漬けるって行程をしていないから、まだまだなのはあるけれど、もっと他にもレシピがあるのかもしれないから、探してみないと。それにこのお菓子より甘いお菓子もあるかもしれないし」
「おーっ。珍しく明日夏が燃えている」
「うん! 任せてっ。ぜったいに激甘レシピを作ってくるから!」
こうして明日夏の心に火がついて、様々なお菓子が作られ、無事出店できるレベルの激甘スイーツが何個か完成するのであった。
ちなみに家で作ったお菓子は、何も説明せず彩芽に試食させていたが、後日コンセプトを彩芽に知られ、明日夏はすごく怒られる羽目になった。
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