第11話 ※イメージのため男子生徒が女装しています
「それにしても、ずいぶん女子生徒らしくなりましたねぇ」
「……どうも」
横瀬校長の言葉に、明日夏は複雑そうにうなずいた。
女らしいと言われても嬉しくないし、そもそも今は本当に女だから女っぽいのは当然だし。
女子生徒として送る学校生活にもだいぶ慣れてきたころ、明日夏は校長室へと呼び出されていた。
「女子としてのリアリティを求めるのも良いですが、私としてはもう少し男らしさを残した女装の方が、男の娘感があっても良いと思うのですが……」
「――で、ぼくを呼び出した理由は何ですか」
何やら怖いことを言い始めそうだったので、明日夏は強引に話を折った。
放課後に個人的に校長室に呼ばれたのは、より男の娘らしくさせられるためではないはずだ。たぶん。
校長はやや不満そうだったが、机の上にパンフレットを置いて話を続けた。
「実はそろそろ、学校案内のパンフレットも作らないといけませんので」
「あー。なるほど……」
明日夏は己の制服姿(女子のセーラー服にスカート)を改めて見た。
学校案内には写真が掲載される。その中でも制服の写真は特に重要で、女子の場合、学校を選ぶ際の基準としてかなり重要だとか。
「でも、ぼくの写真を載せても大丈夫なんですか?」
ああいうのって、現役の生徒じゃなくて、どこからかモデルを連れてきているのもありそうだけど。
「もちろん、※イメージのため男子生徒が女装しています、という但し書きを付け加える予定ですよ」
「えーと……それはそれで複雑な気がするけど……」
「うふふ。来年から共学になるけれど今は男子校である、というイメージをあえて打ち出すことによって、特定層にアピールできるじゃないですか」
つまり校長の趣味のようだ。
明日夏はそこに反論するのは諦めて、別のことを尋ねた。
「ところで、男子の方はどうするんですか?」
共学なので、入学案内は男子にもアピールしなくてはならない。女子に比べそこまで制服の写真は重要じゃないかもしれないけど、いないわけにはいかないだろう。
「ええ。もちろん手配していますよ。そろそろ来る頃かしら」
校長がそう言ったのに合わせるかのように、扉がノックされ一人の男子生徒が入ってきた。
変なのが来たらやだなぁと思っていた明日夏であったが、それが見知った顔でほっとした。
「失礼しまーす」
「あ、なんだ。海斗か」
「よっ。とりあえずよろしくな」
相手役の男子は、二年二組の川越海斗だった。去年は同じクラスだったので見知った仲、というか普通に友達だ。
海斗はいわゆる爽やか系イケメンである。共学に通えば女子から大人気だっただろうに、なぜ男子校に来たのか謎とされている。噂ではそっちの気があるとかないとか。
ただ去年親しくしていた限り、危険性は感じなかったけど。
「それじゃ、カメラマンももう来ていますし、さっそく移動して撮影始めますわよ」
「はーい」
☆☆☆
「えーと、それで……」
冷たい壁の感触を背中に受けながら、明日夏はためらいがちに言った。
「なんで、ぼくはこんなことになっているんでしょう……?」
顔のすぐ横には、ドンと海斗の大きな腕が伸びている。しかも、ずずずっと海斗のイケメンフェイスがゆっくりと見下ろすように、明日夏の顔前に近づいてきている。
「なんで、って。これ、いわゆる『壁ドン』だろ?」
「そ、そうだけどっ。て、ていうか、かお、顔近いってっ」
明日夏の頬が真っ赤に染まる。別に海斗の顔を見たってどうでもないはずなのに、必要以上にドキドキする。壁ドン効果、恐るべしっ。
「それはもちろん、女子受けがいいからですよ」
戸惑っている明日夏と、なぜか妙に乗り気な海斗に向けて、校長ははっきりと言い放った。
最初は背景が青いところにただ立って行われる、普通の撮影だったのが、いつの間にか変な方向性になってきた。
ちなみにその普通の撮影も、明日夏の表情が堅すぎるということで何度もNGになったけど。
「んー。いいよ。その照れている表情。本当に女の子みたいだ。はい。OKー」
本当は男子(じゃないけど)だと知っているカメラマンに誉められたけど、あまり嬉しくない。
ともあれ、壁ドン撮影が終わってほっとした明日夏だったが、そこに校長が無慈悲な言葉を告げた。
「はい。じゃあ次は、そうねぇ。お姫様だっこをしてみましょうか」
「いみわかんないっ!」
百歩譲って、壁ドンは起こりうるとしても、お姫様だっこが日常にある学校生活って、何なんだっ。
「よし。んじゃ、やるか。明日夏は軽そうだから助かるわー」
「えっ、か、海斗? ちょ、ちょっと、待っ――」
海斗は、戸惑う明日夏の背後にまわると、スカートの裏側あたりに手を添えて、ひょいっとその身体を持ち上げてしまった。
「おー。持てなくはないけど、やっぱ人の身体って重いんだな」
「ちょっと、海斗。当たってる、当たってるってっ」
持ち上げられた明日夏が暴れる。
意図的なのか偶然なのかは分からないけど、背中を支えている海斗の右手の掌が、ちょうど明日夏の胸の膨らみに添えられるように当たっているのだ。
だが海斗は逆にふにふにと触ってきた。
「おー。わりぃわりぃ。へー、でも、すげぇな。本物みたいじゃん。触ったこと無いけど」
「ああっ、もぉっ。だから触んないでってっ」
これが一樹や高田や馬場だったら、思いっきり蹴り飛ばせるのに、海斗の行為はなぜか不自然なエロさを感じられず、抵抗し損ねてしまった。※ただしイケメンに限る、パワー、恐るべし。
さすがに手の位置は調整され、お姫様だっこされたまま撮影が始まる。
ぱしゃぱしゃと撮影されながら、明日夏は普段感じない海斗の、というか男子の胸の厚さになぜかドキドキしてしまっている自分に気づく。
慌ててその思考を逸らそうと、ふと気づいたことを口にする。
「……そういえばさっき、本物のおっぱいを触ったこと無いって言っていたけど」
「ああ。ないよ」
海斗がさらりと答えた。
高校生男子と言えば妙に見栄を張りたがるお年頃。特に女性関係に関しては必要以上に大げさに言ってマウントを取りたがるものだ。
けれど海斗の反応だと、彼も明日夏と同じ、高村光太郎のアレなのだろうか。イケメンなのに。
「へぇ。女の子と付き合ったことないんだ。なんか意外」
「そうか? めんどくさいし、それに興味ないし」
「……え。それって、まさか……?」
明日夏はびくっと身体を固くした。
めんどくさい宣言は何となくイケメンっぽいんだけど、興味ないと言われると、その先を疑ってしまう。女の子に興味がない?
それってつまり、男に――
「おい、明日夏。なんか失礼な勘違いしてないか?」
「でででも、さっきからやけに距離が近いし、ノリもいいし、どさくさに紛れておっぱい触るし……」
男が好きな人って、男男している人がいいのだろうか。それとも自分のように女の子っぽい方がいいのだろうか。でもそれなら素直に女の子を好きになればいいのに。
「偽胸触られただけで動揺しすぎだって。それは悪かったけど。距離が近いのは、そうするように言われてるからだよ。サービスだってよ」
「言われてるって、誰に……?」
ん、と海斗が視線を送る。
その先にいたのは、お姫様抱っこされながら顔と顔を近づけてこそこそと会話を交わしている男×男(の娘)の姿に興奮した様子で、自らも携帯で写真を撮りまくっている校長の姿だった。
「はぁ……」
明日夏は大きくため息をついて、あきらめの境地に達した。
☆☆☆
「それにしても、本当に学校の外でも、その格好で通学してるんだな」
「……ま、まぁ、ね」
海斗と並んで商店街の道を歩きながら、明日夏は口ごもりつつ、そっと視線をそらした。
何とか撮影を終えたころには、もうすっかり遅い時間になってしまった。
それで海斗と一緒に駅まで帰っているのだけれど、客観的に見れば美少女な明日夏とイケメンの海斗と並んで歩いていると、人の視線が気になってしょうがない。一樹のときにはあまり感じられなかったけど、海斗と並んでいると、男の視線より女の子からの、何この子? みたいな視線が痛い。
けれど海は、隣に客観的美少女が歩いているというのに、相変わらず平然としている。もちろん明日夏が男だと知っている(実際は間違いだけど)からだろうけど、それでも他の男子どもを虜にしてきた明日夏としては、面白くない。――というよりは、不気味であり警戒してしまう。
「そういえば校長から帰り際に何か貰ったみたいだけど?」
誤魔化すように話題を口にすると、海斗はああこれな、と一枚の紙を取り出して明日夏に見せた。
「へっ? これって……」
それは手作り感のあるチケットだった。
来週の日曜日、高校の近所にある幼稚園の運動会の入場券だ。
「うちの校長って幼稚園も経営しているだろ。そこのチケット。最近不審者が多いから、こうやって入場者を管理しているんだってさ」
「へぇ。そうなんだ。でも……」
それは分かったけど、なぜそれを海斗が欲しがるのだろうか。
そんな疑問に答えるかのように、海斗がごく自然に言葉を漏らした。
「JYって、いいよなぁ」
「……は」
なにそれ? という表情を見せる明日夏に、海斗が「ほら、JK・JDとかいうだろ」と説明を加えた。
明日夏は、んーっと頭の中を整理する。
確か隠語というか、最近では普通に使われるようになった略語だったはず。
JDが女子大学生・JKが女子校生。その流れで行くと女子中学生はJCで、女子小学生はJSになるのだろうか。
だとしたら、JYは…………
「――って、へっ、変態だぁっ!」
さすがの明日夏もドン引きして、大きく後ろに下がった。
お巡りさん、この人、イケメンだけど不審者です!
「おいおい。勘違いするなって。いくら何でもさすがに幼稚園児をそういう目で見たりはしてないぞ。ただ子供として可愛いなと思って愛でるだけだって」
「そ、そうだよね……」
明日夏はほっと胸をなでおろした。
けどやっぱり気になって、聞かなくてもいいことを聞いてしまった。
「えっと、じゃあ。ちなみに、海斗の守備範囲は……?」
「んー。高学年くらいの――」
「それ以上言わなくていいからっ!」
明日夏が慌てて遮った。高学年という懐かしい単語が出た時点でアウトである。
どうりで明日夏に反応しないわけだ。年増好きの英治には幼過ぎると言われたけれど、だからといって今の明日夏の容姿は、小学生として通じるほど子供っぽくもない。
おそらく海斗が男子校を選んだ真相は、興味もない同学年の女子からの無駄なアプローチを避けるためだったのだろう。
「あはは。もちろん、本気で手を出したりはしないけどさ」
「そりゃ当たり前だけど……でも色々、ヤバい気がする」
「そう、そこ、そこなんだよ」
海斗がまじめな顔をして指摘する。
「たとえば英治って、ババ専だろ? あれは性癖として世間でも認められている感じなのに、ロリコンとなると一斉に引いていくじゃん。この差が不思議でしょうがないんだよなぁ」
「んー。なんでだろうねー」
明日夏にもうとってはどうでも良かった。
むしろ、なんでこの学校には変なのしかいないんだろうと、明日夏は自分のことを棚に上げて、真剣にそのことを考えてしまっていた。
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