第12話 女子部員体験
「それでは。定例の部会を始めたいと思います」
英治の言葉に、高校の一室に集まった各部活の代表がうなずいた。
そんな中、明日夏はおずおずと手を挙げた。
「えーと。その前にひとつ質問なんですけど。なんで、ぼくが生徒会の集まりに参加しているのかなぁ?」
武西高校の生徒会は、会長・副会長・書記(雑用)の三人と、各学年クラスの委員長で構成されている。会長ら三役は二年生が務めるのが通例である。
英治はその会長を務めているのだ。ちなみに副会長は海斗である。つい最近知ったけど、性癖が真逆のツートップだ。もっとも二人とも見た目はいいので、様にはなっている。
「はっはっは。まぁそんな警戒するなって」
明日夏の横に座って、お気楽にそう言ったのは、一樹である。
らしくないうえに、めったに仕事しているところを見たこと無いけれど、いちおう一樹が、書記をつとめている。
以上三名。
彼らに加えて、部会ということで各部活動の代表たちも出席しているが、部活にも所属していない明日夏にとっては無関係のはずだ。教室ではもう慣れてきたけれど、顔見知りでない相手がたくさんいる中で、一人女子の制服を着て座っていると、けっこう心もとない。
「これは各部からの要望なんだよ」
「要望?」
一樹の言葉に明日夏はきょとんと首をかしげる。
そんな明日夏を見て、海斗は意地悪く笑う。
彼は立ち上がると、室内の皆に向け、ふざけた口調で宣言した。
「それじゃ、ま、始めますか。第一回、秋津明日夏ちゃん争奪、部活動ドラフト会議ーっ」
「はぁっぁぁっ?」
「まぁつまりは、そういうことです」
椅子を押し倒さんばかりに立ち上がった明日夏に向け、英治がおもしろそうに告げた。この二人、他人事だと思って楽しんでやがる。
「女子が入学すると言うことは、当然部活動にも参加だろ。その写真も欲しいって校長からの要望もあってな」
海斗がさらりと言った。また校長に買収されたのだろう。
「それに女子が入部するとなれば、いろいろ問題点も出てくるはずです。そのときのために、問題点を洗い出さないといけません」
英治の言葉に、そーだ、そーだ、と部活動代表組から声が挙がる。
「スキンシップがどこまで許されるか知っておくべきだっ」
「基本的に、お前らが考えているスキンシップは全部、セクハラだっ!」
「女子部員と一緒にプールに入って、股間が反応しないか確かめる必要があるだろっ」
「知るかっ」
部活動代表の声(もちろん三年の先輩もいる)相手に、明日夏の怒涛のツッコミが炸裂する。
「大体、そもそも部活って、普通は男女別でしょっ」
「――ふっふっふ。そこで男女平等の文化部というものがあるのでござるよ」
きらーんと、眼鏡の主張がはじまる。
「女子と一緒にゲームをして、負けたら罰ゲームと言って、服を脱が……」
「普通にアウトだーっ!」
なんでこの学校にはこんなのしかいないのだろう。
がくりと肩を落とす明日夏に向け、英治が無情に告げる。
「いずれにしろ、部活動の参加については校長の方からも言われていますので、一通り参加してもらいますよ」
「えっ。それじゃ、この中から選ばれるんじゃなくて……」
「ええ。全部体験してもらいますよ。今回は順番を決めるだけです」
「ドラフトはどこに行ったっ!」
「まぁまぁ、心配するな」
ツッコミ続きの明日夏を落ち着かせ、なだめるように一樹が告げる。
「俺が書記として同行して、部活体験中に暴走がないか、全部ちゃんと見張ってやるから」
生徒会代表としての見張りがいれば、暴走に対する抑止力になるだろう。それに明日夏が本当は女の子だと知っている一樹なら、色々フォローしてくれるかもしれない。けれど……
「それって単に、ぼくの部活姿を見たいだけじゃないよね?」
明日夏の問いかけに、一樹は露骨に目を逸らしやがった。
☆☆☆
結局誰一人味方もいない状態で抵抗できるわけもなく、明日夏は強引に部活動体験をさせられることになってしまった。ちなみに、高確率で部活動側に寝返りそうな一樹はおいてきた。
というわけで、まず呼ばれたのは、テニス部である。
テニスというと、大学のサークルで男女がきゃっきゃしながらやっているイメージなので、男子だけで何が楽しいんだろうと明日夏は思った。
「おい。今、男子校でテニスなんかして何が楽しいんだろうと思っただろう」
「ぎくっ」
テニス部部長の鋭いツッコミに、明日夏は後ずさる。
「心配するな。俺たちもそう思っている!」
「思ってたのっ?」
「しょせん、強豪校でもないテニス部。中学でテニス部に入っていた奴らが、何となく集まっただけの集団だ」
「まぁ自覚があるのならいいけど」
「だが! ここに女子が加われば――」
「加われば?」
「堕落した集団は、きゃっきゃうふふ集団となるのだっ」
「そこは、強豪校になる、っていうのが普通だよねっ?」
そろそろツッコミ疲れてきた。
だがこれだけは言っておかなければいけない。どうせ着せようとしてくるはずだし、先に言って釘を刺しておこう。
明日夏はすぅっと息を吸うと、テニス部の連中に向かって言った。
「その前にひとつ、先に言っておきたいことがあるんだけど」
「ん、なんだ?」
「――リアル女子テニス部は、ジャージか体操着を着ているだけで、テニスウェア姿で練習なんてしないっ!」
びしっと言い切った。――決まった。
だが部長はぽりぽりと頬をかきながら平然と返した。
「まぁそりゃそうかもしれないけど。今回は撮影やユニフォームのチェックもあるって、学校側に言われてるし。カメラマンも来てるし」
「どーも。この間は。これ、今回の衣装なんで、よろしくお願いしますねー」
この間撮影したときのカメラマンがどこからともなく現れると、ピンクと白の布地を明日夏に手渡した。すでに学校側が用意していた試作品のようだ。
「うぐぅぅ……」
「というわけで、よろしく。そこの部室で着替えていいから」
いい笑顔で部長が、テニス部の部室を指さした。
「……盗撮カメラとかないよね?」
「心配するな。普段男しかいない部室にそんなものがあるわけ無い」
「そりゃそうだねー」
というわけで、これ以上抵抗して問答になるのも面倒なので、明日夏は素直にテニス部の部室へと入った。
爽やかなイメージのテニス部なのに男臭いごちゃごちゃした部室内を見渡して、変な物がないのを確認してから、明日夏は体操着を脱ぎ始めた。
体育のとき更衣室で下着姿になるのにはもう慣れたけれど、明らかな「男の園」で、女の子として肌を晒し下着姿になるのは、ちょっとむず痒いような変な感じだった。
「――はっ? まさか、これがいわゆる、露出の悦び?」
なんて馬鹿なことを考えつつ、明日夏はまずユニフォームの上着を着込む。ピンク主体に白のストライブが入ったポロシャツだ。着心地は悪くない。
そして次はテニス部定番のスコートだけど。
「へー。なるほど。こうなってるんだ」
スコートを広げその構造を確認して、明日夏は感心した。
普通に見るとただのミニスカートだけど、広げてみるとその中にフリル付きのアンスコが付いていて一体化していた。
スカートを穿いた状態で、パンツの上にさらに何かを穿くよりも、こうやって一体化している方が、見られても、パンツじゃないから恥ずかしくないもん、的な気持ちは強いかもしれない。
「でもどうせするなら、もっと長くしてスパッツみたいにすればいいのに……」
そんなことを考えつつ、スコートを穿く。
「んー。意外と悪くないかな?」
大きな鏡なんてないので、下を向いて自分の身体を確認するだけだったけど、けっこう似合っている気がする。せっかくなので、おさげの髪をほどいて、見よう見真似にポニーテールにしてみた。うん。いい感じかも。
何だかんだあっても、元男としてテニスウェア姿の女子は好みなので、意外と乗り気な明日夏であった。
☆☆☆
「……疲れた」
「いやぁ。おかげさまでいい絵が撮れましたよ」
「……どうも」
満足気なカメラマンさんとは対照的に、明日夏は重い足取りで次なる部活が待っている体育館を目指していた。
明日夏のテニスウェア姿は男子部員たちに大好評だった。それはそれでオタサーの姫みたいな感じで気分は悪くなかったんだけど、問題なのはその後の撮影だった。
スコートが揺れて、自然に中が見えるようにしたいという部員たちの無茶振りに、明日夏は無駄に動き回る羽目になってしまったのだ。
「別にパンツじゃないから普通に見せてあげてもいいのに……」
ちなみに明日夏がそのセリフを言ったら、「男心が分かっていない」「チラリズムがなっていない!」「自分から見せるなんて露出狂じゃないか! だがそこがいいっ」などと非難ごうごうだった。……って最後のは非難じゃないかな。
ともかく。一樹が集団になったような感じで、余計疲れた。
そんなこんなで、次に来たのは卓球部だった。
テニス部に比べてインドア度が高めだ。リア充ではない明日夏にとってはテニス部よりはとっつきやすいイメージである。もっとも、テニス部の連中もリア充イメージから程遠かったけど。
「ようこそ卓球部へ。おお。そのポニテ似合っているね」
「……どうも。えーと、ここは特に着替えなくてもいいんだね?」
「ああ。問題ない」
「それを聞いてほっとしたよ」
「よし。それじゃさっそく、そこの台でサーブの練習をしてみようか」
「はい」
出迎えてくれた部長さんに言われるがままに、卓球台へと向かう。テニス部とはうって変わって、真面目な展開である。
そうそう。これが普通の部活体験なんだよ、と明日夏は納得しつつラケットとピンポン玉を受け取ると、卓球台の後ろに立った。
そして少し戸惑う。
「えーと。何でみんなそこにいるの?」
卓球台の向かい側に、卓球部員たちがずらりと立っているのだ。1対10くらいで対決するような感じだ。
「気にするな。さぁ、来い」
「う、うん」
サーブ練習だから、球拾いするためかなぁと思いつつ、明日夏はボールを構えると、ぽーんとラケットで打った。卓球というよりは、温泉宿のピンポンといった感じだ。
だがその瞬間、部長さんからダメ出しが入った。
「ダメダメだっ。まったくなっていない!」
「えーっ」
口をとがらせる明日夏。
「卓球やったことないから、よく分かんないし」
「難しい技術は無くていい。ただプロがやっているように、台に上半身をくっつけるように、前屈みで構えるんだ!」
「あー。あれね。あれだけでいいの?」
形だけでも入れということだろうか。
テレビで見たことあるので、大体の感じは分かる。明日夏は言われた通り、オリンピック代表になったつもりで構えを取り、上目遣いに相手を睨みつけるように見つめる。
すると台の向こう側の男子どもが相次いで崩れるように倒れ込んだのだ。
「ええっ。どうしたの?」
明日夏があわてて駆け寄る。
「見たか?」
「ああ。もう死んでもいい」
「俺は一生あの光景を忘れない……」
部員どもは口々に感動している。
「へっ、何を?」
明日夏はきょとんとする。
しばらくして、明日夏は彼らの目線が自分の体操着の首元に注がれていることに気付いた。腰のあたりとは違い、首元は比較的緩めになっている。この状態で前かがみになると……
「へっ、変態っ!」
明日夏は体操着の首元を慌てて押さえた。
もちろんブラは着けているので、見られたのは本当に膨らんだおっぱいではなく下着だけだから、中に何か詰めているのだろうと思われて、女の子であることがばれたわけではないだろうけど、恥ずかしいことは恥ずかしい。
倒れ込む部員の中から、部長さんが立ち上がると、きらきらした目で明日夏に礼を言った。
「助かったよ。これで女子と試合しても動揺せずに済む」
「どうも……」
本当にこんなのばっかりだった。
ちなみに同行しているカメラマンさんから、同じ体勢でもう一枚、というリクエストがあったけど、そこは全力で断った。
☆☆☆
続いて向かう先は柔道場。柔道部である。
「……もう最初からやな予感しかしないんだけど」
絶対寝技とかいって、身体中触られまくられるに決まっている。
男にそんなことされるだけでも気持ち悪いのに、身体中触られたらさすがに女の子であるということもばれてしまう恐れがある。
なんて感じでとぼとぼ歩いていると、校舎の陰から、一樹が姿を見せた。
「はっはっは。困っているようだな」
「一樹? 帰ったんじゃなかったんだ」
「心配するな。ちゃんと遠くから全部見てたぞ」
「……あっ、そう」
見守ってくれていたとも、覗かれていたとも捉えられるので、反応にちょっと困った。
「で、何かいい案でもあるの?」
「ああ。任せろ!」
そう言って一樹が説明した案は、かなり強引だったけれど、それでも明日夏は藁にも縋る思いでその案に乗った。
柔道場に入った明日夏は、さっそく柔道着へと着替えさせられることになった。
柔道場は男臭くて、ある意味男子校らしかった。その中でも特に男臭い更衣室で、明日夏は素直に柔道着に着替える。流れ的に抵抗するのは面倒になってきたし、見た目の露出は少ないのでテニスウェアよりは着替えやすい。もちろん上着の下には体操着を着用している。
「まぁこれでいいかな……」
自分の姿を確認して、明日夏は複雑な表情でうなずいた。
やはり一男子として、「道着」というものには憧れがある。素直に柔道着を着てみたのはそのためでもあったのだが、実際着てみた姿は、あまり男らしく見えなかった。
明日夏がため息を吐きつつ道場へ入ると、案の定男どもから男臭い歓声が上がった。
「おおーっ」
「すげぇ似合ってる……」
「リアルYAWARAちゃん(漫画)だ」
「女子の制服と違って、俺たちと同じ格好をしているのに、女子っぽいのがすげぇぇ」
最後の鋭い指摘にぎくっとしつつ、冷静を装って明日夏が部長さんに尋ねる。
「で、ぼくは何をすればいいの? まさか試合なんてしないよね?」
「ああ、もちろんだ。やるのは組み手だ」
「似たようなものだ!」
予想通りの答えに、明日夏はすかさずツッコミを入れる。
明日夏の体に触れ合いたいという下心が見え見えである。男という設定なのに、こいつらと言ったら……
仕方ない。やはり秘策の出番のようだ。
「はーい。その前にぼくからひとつ提案があるんですけど」
「む。なんだ?」
「柔道やっている子って、軽量級の人でも、ぼくのような子より、がっしりした人の方が多いでしょ」
「まぁそうだな」
偏見込みの意見だけれど、統計的には事実でもあるので柔道部の主将が頷いた。
明日夏の方としても、男のときとそれほど体型が変わっていないのに柔道女子以下と言うのには抵抗があったけど、背に腹は代えられない。
「じゃあ、やっぱり、リアルを求めた方がいいよね?」
明日夏は更衣室に向けて言った。
「というわけで、一樹、お願い」
「おう!」
そこから出てきたのは、純白の柔道着をまとった黒髪ロングで、がっしりした体型の男、一樹だった。
「って、ふつうに男じゃねーかっ」
「だってこういうタイプの子の方が多いんでしょ。だったらその通りにしないと。だって、あくまで女子生徒の『役』なら、別にぼくじゃなくても、別の誰かが女子生徒役をすればいいだけの話だよね?」
――かなり強引な論調だけど。
「というわけです。よろしくね。せ・ん・ぱ・い」
「うおおぉーっ」
女装初日に明日夏が着けたウィッグを被った一樹がハート込みのような口調で言うと、逆上したのかやけになったのか、柔道部部長がやけっぱちで組み掛かった。
その後の意外と白熱した組み手を横で眺めながら、明日夏は最初からこうしておけば良かったと思った。
――ちなみに入学案内用の写真は、もちろん明日夏の柔道着姿を撮った。
☆☆☆
「どうもお疲れさまでした。入学案内のパンフレット用の写真も撮れましたし、明日夏くんの部活動姿を見られて、彼らの士気もあがったでしょう」
予定されていた部活動巡りを終えた明日夏を、生徒会長の英治が出迎えた。
その後も一樹を矢面に立たせることによって、明日夏は強引に部活体験を終わらせた。どこの部活も考えていることは一緒なので、対策が取り易かった。
そのためテニス部と卓球部以外の士気はどうなのか知らないが、明日夏にとってはどうでも良かった。
「はぁぁ。もぅ。本当に疲れたよ……」
明日夏はぶすっと答えた。
「あはは。じゃあ今日はここまでで。今度は、文化系の部活もよろしくな」
「……はい?」
海斗の言葉に明日夏は耳を疑った。そういえば罰ゲームで服を脱がすとか馬鹿言っていた奴らもいたような……。
明日夏はすがるような視線を一樹に向けた。けれど彼から返ってきたのは珍しく疲れたような答えだった。
「あー。文化系は普通に女子が来るだろうから、俺はパスで」
一日付き合わされ、彼なりに疲労したようである。
「そんなぁ」
明日夏は天を仰いだ。
モルモットのような学園生活は、まだまだ続くようだった。
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