第22話 例の女性を探せ!

「えーっ。じゃあ一樹も気づいていたのっ?」

「……ていうか、俺はむしろ明日夏がそれに気づいていなかったことのほうに驚いているけどな」

 保険医の保谷に衝撃の事実を知らされた後、明日夏は慌てて一樹にもとにやってきた。ちなみにあの後、事情を知った保谷に予備の体操着を借りたので、それを着込むことで、ノーブラの方は対処している。ていうか最初から絆創膏ではなくてこうしていれば良かったかもしれない。

 ――もっともその場合、男に戻れないかもしれないという重大な事実を知らないままだった可能性もあるけど。


「うっ。それはそうかもしれないけど。ちょっとくらいぼくの様子を見て察してくれてもいいというか……」

「ははは。まぁ薄々そんな気はしていたが、俺としては、明日夏がかわいい女の子のままでも全然かまわないからな」

 あははと一樹に笑われて、明日夏は脱力した。こういうやつなのだ。

 もちろん、明日夏が本気で戻りたいと相談したら、それを止めるやつでもないけれど。

「それで、これからどうするんだ?」

「うーん。どうしよう。ぼくや一樹だけじゃ不安だから、彩芽にも相談してみようかなぁって」

 もともと相談できる――明日夏の正体を知っている人物は限られている。

 あの保険医と一樹を除けば、残るのは明日夏の姉妹のみだ。その中であえて彩芽を指名したのは、元に戻ってほしくない反体制派な雰囲気を、茜に感じ取ったからである。

 一樹もそれを察したのか、素直にうなずいた。



「あー。やっぱり。お兄ちゃん、気づいていなかったんだ? 何となくそんな気はしてたんだけど」

 というわけで、学校から帰った明日夏は一樹とともに自宅に戻って彩芽にそのことを打ち明けた。

 やはり一樹と似たような反応が返ってきて、気づいていなかったのが自分だけだったのかと、明日夏はショックを受けた。


「けど、ほら? 校長先生に言われていきなり女装させられたその日のうちに、セットのように女の子にされちゃったら、一緒に勘違いしてもおかしくないと思わない?」

「思わない」

 一樹と彩芽に即答されてしまった。

 がっくりと首を落としている明日夏を前にして、彩芽があきれた様子で聞いてきた。


「……それで、元に戻りたくて相談しに来たってこと? そもそも、お兄ちゃんのそれって、確か奇妙なお姉さんに会ってされちゃったんでしょ。だったらその人にもう一度会いに行けばいいんじゃない?」

「まぁ確かにそうなんだが、あの鯛焼き屋の前は毎日チェックしていても、あの日以来、見てないんだよなぁ」

「えっ、一樹、そんなことしてたんだ」

 一樹の言葉に、明日夏が意外そうな声を上げる。何だかんだで明日夏の身体のことを気にかけてくれていたようだ。

 彩芽はそれを聞くと、軽く首をひねってから、確認するように言った。


「んー。確かその人って、期間限定の鯛焼き目当てにやってきてたのよね? お兄ちゃんは偶然買えたようだけど、あの白桃味って雑誌でも紹介されて結構人気だったのよ」

「へぇぇ。そうだったんだ」

「つまり、普段見かけない人がそれを食べにわざわざここまでやってきたということは、その人って食べ歩きをしているんじゃない? それもスイーツのような甘いものを」

「あっ! そうか。そうかも!」

 明日夏は思わず立ち上がって叫んだ。


「つまり雑誌やテレビで紹介されているような有名スイーツ店に行けば、あの人に会えるかもしれない、ってわけだねっ。渋谷とか原宿とか、さっそく調べて、今度の休みに行ってみるよ」

「おお。休日に東京にお出かけか。良いなっ」

「……えぇーっ。一樹も来るのぉ?」

「まぁ。そんな邪険にするなって。俺だってあの女の顔を見ていたんだし、一人より二人のほうが探す手間も省けるだろ」

「んんー。そうかもしれないけど。あ、そうだ。彩芽はどうする?」

「あたしはパス。ああいう人込み苦手だし。だからお兄ちゃんたち二人でデートを楽しんできてね」

「おお。任せろっ」

「って、デートじゃないしっ!」



  ☆☆☆



「おお。すごい人の数だなぁ」

「うん。本当だね……」

 次の休みの日。

 茜・彩芽、そしてあさひ経由で和佳にも聞いて、女性が好みそうな今話題のスイーツ店を何個かピックアップして、東京へとやってきたのである。

 すでに有名店には長蛇の列ができている。

 並んでいる人・店の中にいる人、そして道行く人々。この中から果たして見つけられるだろうか。

「このまま見つからなかったら、普通にデートだな」

「……その一樹のお気楽さがうらやましいよ」

 とはいえ、一人で探すよりは二人のほうがいいし、それに一人で町を歩いていると変な男どもにナンパされるので、一樹の存在も決して悪くはないのだ。

「さてと。あの人は人外っぽいから、たぶん一人で行動しているはずだよ」

「強引だが、まぁそうかもな」

 女とは群れて行動する生き物なのだ。実際周りの人たちを見てみると、ほぼ複数で行動している。

 だから一人だと目立つはず。その目立つ人を捜せばいいので、多少は楽だ。

「それにしても何でこんなに並んでいるんだろう」

「そこで、女性としての明日夏の意見を一言」

「まったくわかんない」

 明日夏は即答した。

 最近女っぽくなっている気もしていたので、男としての感覚が残っていることにほっとした。

「ま、探すだけだから、並ぶ必要ないけどな」

「えぇーっ。ちゃんと並ばないと買えないよー」

「買って飲むのが目的じゃないだろ」

「う。そうだった……」

 一樹に冷静なつっこみを入れられ、明日夏はがくりと肩を落とした。

 というわけで、列の横を歩きながら、並んでいる客をチェックしていく。やはり女性が圧倒的に多い。たまに男性の姿も見えるけれど、ほぼ全員が、女性の付き添いのような感じだ。

「どうやらここにはいないようだな。よし。次行くか」

「う、うん」

 明日夏は名残惜しげに、未だ行列が絶えない有名店を後にした。



 その後も、あらかじめリサーチした有名店(行列)を見て回ったが、例の女性の姿は見えなかった。いい案だと思ったけれど、さすがにすぐ見つかるようなことはなさそうだ。

「疲れたな。そろそろ休憩するか?」

「うん! 甘いものが食べたい」

 さんざん店の前を歩くだけでお預けを食らっていた明日夏が即答した。

「……また並ぶのか?」

「別に並んでないような店でもきっと美味しいのはたくさんあるよ。もしかしたら、そこにあの人がいるかもしれないし」

 ほとんど強引に言い切った。

 というわけで二人の目的は明日夏の希望によって、行列チェックからスイーツ店巡りへと変わるのであった。



「……なんか食べることが目的になっていないか?」

「う、そうかも」

 三件目のパフェを食べながら、明日夏は赤面した。

「ははは。明日夏って、昔から甘いものが好きだよなぁ」

「うん。まぁね。でも男のときは、なかなかこういう店に入りにくくて来ることができなかったけどねー」

「じゃあそれは、女になって得したってことじゃないか?」

「うーん……そうかな」

 明日夏はスプーンを咥えたまま、うなずいた。

 一樹の言う通りかもしれない。女性になったおかげで、今までできなかった体験をいろいろしてきた。もちろん、したくてした体験ばかりではないけれど。

「確かに、今例の女の人に出会っても、今すぐ男に戻すって言われたら、ちょっと待って、って言うかもしれないなぁ」

「……それって、当初の目的からずれてないか?」

 一樹がじとっとした視線を向けてきたけれど、明日夏は逆に開き直った。

「いいの。よくよく考えれば、来年の三月までは女の子のままって予定だったんだもん。今は六月。まだまだ急いで戻る必要なんてないじゃん」

 自動的に戻れないって分かったから、急に焦ってしまったけれど、それまでは普通に女子として暮らせていたんだし。あえて今、男に戻る必要なんてないのだ。


「ま。結局そんな感じで、明日夏って何だかんだで女になった今のこの状況を楽しんでいるだろ。だから、俺もあえて自動的に戻れないかも、って言わなかったんだけどな」

「それは嘘っぽいけどね」

 明日夏は笑うと、ぱくっとスプーンに食いついた。

 考えがまとまったら、気が楽になった。

 まだ先は長い。いろいろ探りながらも、しばらくはまだこのままでいいかなと、スイーツを堪能する明日夏であった。




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