第23話 野球部の女マネージャーになってみた
とある日の放課後。
明日夏は生徒会室に呼ばれていた。といってもそこにいるのは、ついさっきまで同じ教室にいた英治なんだけど。
「今日はなに?」
「諦めが早くて助かります。明日夏君にお願いしている恒例の部活動体験のお願いです」
「うー。またぁ」
「ええ。今回は撮影は必要ないのですが、この間の部活動体験が行われなかった部活から、うちの部活にも女子が欲しい、とクレームが来ていましてね」
「で、今回はどこに行けばいいの?」
明日夏はすでにあきらめの境地に達していた。
「はい。野球部です」
「え……野球部? 高校の女子は甲子園に出られないし、共学になったからって、女子野球部が出来るほど人は集まるの?」
明日夏が当然の疑問を口にした。
そんな明日夏に向けて、英治が意味ありげに笑って伝えた。
「まぁ、行ってみれば分かりますよ」
☆☆☆
というわけで、明日夏はとりあえず野球部のグラウンドにやってきた。
「来ましたけどー」
「おお待っていたぞっ」
早速、部員一同から歓迎された。
さて、今回は何を着せられるのか。ゲームとかでよく見るアレかな。本物の女子野球選手は男子と変わらないユニフォーム姿であって、ミニスカ・ショーパン姿なのは漫画の中だけの話のはずだけど。
「というわけで、さっそくレモン水を作ってくれ!」
「……は?」
部長の一言に、明日夏はきょとんと聞き返す。
代わりに周りの部員たちが一気に沸いた。
「おおぉっ。憧れの女子マネージャーの手作りドリンクだぁぁっ」
「ううう。男子校に入学して諦めていた青春が……」
「……ああ、なるほど。そっちね」
明日夏は納得した。
確かに高校の野球部に女子が関わるとしたら、女子選手と言うより女子マネージャーの方が一般的だ。もちろん男子のマネージャーも存在するけれど、やっぱり女子の方がいいのは、元男として明日夏にも理解できる。
某パワプロの甲子園を目指すやつで、男マネが出てくると、殺意が沸くし。
「ま、いっか」
今回は着替える必要もなさそうなので、楽できそうだ。
明日夏がスマホで調べて作ったレモン水は部員たちに大好評だった。
青春の味だと感涙され、むしろ明日夏が引くくらいだった。もちろん材料費は後で生徒会に請求するつもりだ。
「で、次は何をすればいいの?」
明日夏は部長に尋ねた。
ほかの部活では用が済んだらとっとと撤退するのに、今回は珍しく積極的である。野球好きとして、それに関わられるのが面白そうに感じたからだ。
「おお。それは助かる。それじゃ適当にバインダーを持って、それらしくベンチに座って練習を見ていてくれ」
「それだけでいいの?」
「ああ。女子マネに見られていると言うだけで、士気があがるはずだ」
というわけで、明日夏は素直に見学させてもらった。
そして、しばらく練習風景を見ていて気付いた。
――下手なのだ。動きがまったく、なっちゃいない。何より気合が足りない。
明日夏は我慢できずにベンチから立ち上がって、金属バットを手にした。
「ん、どうした?」
「ぼくがノックをやる」
「は?」
戸惑う部員たち。そんな彼らに向け、明日夏はホームベース付近に立って叫んだ。
「気合が足りなーいっ。そんなんで甲子園に行けると思ってるのかーっ!」
そう言うとボールを手にして、鬼コーチ張りのノックを始めた。
高校は自由な時間が欲しいからと帰宅部を選択したけど、中学校では野球部だったのだ。そのためノックなら多少できる。
「おらー。もっとここをこうして、あーしろーっ! そこはずしゃぱしっと!」
とはいえ、いくら経験はあっても、ブランクもあるし女の身体つきをした明日夏のノックは、決して褒められるものではなかった。
けれどアドレナリン全開の明日夏が「こんなのもとれないのかー」と叫び、ノックを受ける側も美少女の罵りに気合が入り、訳の分からない相乗効果を生み出してた。
こうして明日夏は、次の練習試合が行われるという週末まで、野球部の女子マネージャー兼コーチ(自称)として、野球部の練習に参加するのであった。
☆☆☆
そして試合の当日を迎えた。
練習試合の舞台は市営のちょっとした球場。観客席には両校の生徒たちだけでなく、近所の人たちの姿も見えた。相手校はそれなりの強豪みたいで、吹奏楽やチアリーディングの姿もあった。
そのグラウンド内で、ユニフォーム姿の坊主頭たちの中に一人女子の制服姿で混じりながら、明日夏は感心したふうに言った。
「へぇぇ。グラウンドからだと観客席ってこんな風に見えるんだぁ。中学のときはこういう球場で試合したことなかったから新鮮。それにしても、向こうの応援団すごいねー」
「ふん。そんなの関係ない。それより見よ! 向こうの奴らがベンチに向ける、この視線をっ」
「嫉妬だ! あれは間違いなく、嫉妬の視線に違いないっっ」
「おぉぉ。制服姿の女子マネがベンチに座っている。ただこれだけで、これほどまでの優越感に浸れるとはぁぁ」
「……俺、くじけずに野球続けて良かったよ」
「そうだねー。てか、ちゃんとがんばってよっ」
飾りのバインダーを持ちながら、明日夏はたるんでいる部員どもに、びしっと言ってやった。この一週間の特訓は決して無駄じゃなかったはず。たぶん。
「おう! 任せとけ。女子マネパワーで絶対勝つぞぉっ」
「おおっ」
理由はともあれ気合が入ることはいいことだと、明日夏は部員たちを眺めながら思った。
……
…………
「あーあ。惜しかったねぇ」
結局試合は、接戦の末、あと一歩の追撃が及ばず、武西高校野球部の敗戦となってしまった。それでも、相手高校のほうが格上っぽいし、善戦したといってもいいのではいだろうか。
明日夏は目の前で良い試合を見られて満足気だが、部員たちは各々口惜しそうな表情を浮かべていた。
「くっ……あと一歩、足りなかったか」
「ああ。だがこの試合で、俺たちに何が足りなかったのか、はっきり分かった」
「そうだな。確かにその差は歴然だった。あれで負けたといっても過言でない」
口々に部員たちから口惜しそうな声が出る。
明日夏はひょこひょこと彼らに近づいて行く。
「何なに、マネージャー? もし良かったら続けるよ」
「いや。確かに女子マネのパワーは偉大だった。おかげで接戦まで持ち込むことができた。だがあと一歩届かなかった理由は、ベンチのマネージャーの有無だけではなく、スタンドにあったんだ!」
「どういうこと?」
首を傾げる明日夏に向け、部長さんと部員一同が、声をそろえて言い放った。
「というわけで今度は、チアリーディングをやってく――」
「するかぁぁぁっ!」
こうして野球部体験は無事終わった。
今後共学になってチアリーディング部が出来るかどうかは分からないけれど、まだ出来てもいない時点でそれをやるつもりは明日夏に無かった。
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