第37話 浴衣で祭り - 後編

「おぉーっ」

 浴衣姿の明日夏が祭り会場に現れると、一樹以外の男どもから声が上がった。最近ではすっかり慣れてしまったけど、オタサーの姫状態である。


「――ていうか、これ、みんな付いてくるの?」

 ざっと見ても30人くらいいる。明日夏のクラスの人数より多い。実際知らない顔もいるし。隣の二組の連中だけじゃなく、上級生や下級生も混ざっているのかもしれない。カンパの金額が小銭が目立っていたのに結構な額までいったのは、それだけ参加者が多かったってことなのだろう。

 けれどこれがぞろぞろ付いてきたらいい迷惑。オタサーの姫というより、護衛がたくさん付いてくるどこかの令嬢か。もっとも高貴な方に付いてくるような護衛とは全く異なる男子ども雰囲気からすると、まだ極道のお嬢の方が近いかもしれない。


「大丈夫だ。順番制だから」

 プリントが明日夏に手渡される。そこにはずらっと男子の名前が連なっていて、横に時刻も書いてあった。五分刻みのスケジュールだ。五分程度ならって思ったけど、全員をこなすためには二時間以上かかるみたいで、明日夏は早くもぐったりしてきた。

 ちなみに、隣に「明日夏に呼んで貰いたい呼び名」って欄があったけど、そこはきっぱり無視することにした。



  ☆☆☆



「よろしくお願いします! 先輩」

 栄えあるトップバッターは国分くん。知らない人だけど、明日夏のことを先輩と呼ぶのだから、おそらく一年生だろう。まだあどけなさが残る顔立ちをしている。

「うん。よろしくね」

 明日夏は彼に向けてほほえみ返した。

 元々小さくていじられキャラだったため、明日夏は後輩に憧れていた部分がある。なので、少しくらいサービスしようかなと思ったのだ。

 それに好感を持てる雰囲気の少年だし。

「ところで先輩っ。さっそく聞きたいことがあるんですが」

「うん。いいよ。何?」

「浴衣の下に下着を付けてないって本当ですか?」

 明日夏ががくっとうなだれた。

 理想の後輩もやっぱり男子校の毒に犯されていた。



 次のお相手は、二組の富士見だ。こちらは一年のときの同級生だったので顔見知りなので、多少気は楽だ。

「それにしても見事な女装だよなぁ。ミスコンのときもすごかったけど、腕上げたんじゃないか?」

「まぁ、もう慣れたからね」

「ちなみに、その下に下着って」

「着けてるから」

 がくっとする富士見。こいつら揃いも揃って、駄目駄目だ。

 だいたいデート(という設定)で来ている女子にそういうことを聞くって、どうなんだ。

「なぁ、せっかくだし何か食べるか? もちろん俺のおごりで」

 だがそこは年の功。さっきの国分くんよりも早く復活すると、祭り会場を並んで歩きながら、そう提案してきた。

「うん。いいよ」

 明日夏はうなずいた。もともとこれが目当てで浴衣デート役を引き受けたようなものだ。

 だがそんな明日夏の答えに、富士見は固まってなにやら考えている。

「ん、どうしたの?」

「いや……許された時間はわずか五分。食べるとしたら一品になるが、フランクフルトとチョコバナナのどちらにするべきか、なかなか決まらなくてな。待てよ? リンゴアメという方向性も悪くないか……」

 何かチョイスが微妙に偏っている気がしないでもないんだけど。

 なんてやっていると、後ろの集団から無情な宣告が入った。

「はい、そこまでー。時間終了。次に交代な」

「え、ちょ、ちょっと待て。あとせめて一分、いや三分くらい」

「ほらほら。往生際が悪いぞ。ほら、次。時間押しているんだからな」

「……はぁ」

 明日夏は大きくため息をついた。



 その後も何人かこなしているうちに、待機組からクレームが入った。

「このままでは時間が押しているから二人組にしよう」

「待て。だがその場合五分は不公平だ。せめて八分くらいに……」

「だが男二人・女一人という組み合わせも悪くないな」


「どーでもいいけど、時間おしてるからねー」

 議論を始める姿を眺めながら、明日夏が言う。

 どっちでもいいけど早く帰りたい。餌付けのごとく散々屋台ものを食べさせられて、もうお腹もいっぱいだし。

 何て思っていたら、駅の方からまた人の流れがやってきた。今さっき駅に着いた電車に乗っていた人たちだろう。

 またさらに混むのかなぁなんて思いながら明日夏はそっちに目をやると、女子高生っぽい三人組の姿が見えた。その中の一人が……


「あ、和佳?」

「あれ? えっ、もしかして明日夏くん。わぁぁ。浴衣だぁ似合うー可愛いーっ」

 和佳が明日夏に抱き着く勢いでやってくる。ちなみに彼女は浴衣ではなく私服姿だった。残念。

 そんな和佳を見て、友達二人組も明日夏の方にやってきた。


「なになに、和佳の知り合いの子?」 

「あ、う、うん。えっと、幼なじみの、あさひちゃん」

 和佳がとっさにそう彼女の友達たちに紹介した。さすがの和佳も、元男の子の明日夏くんとは紹介できないと気づいたのだろう。

「あれ、さっき和佳、明日夏くんって言ってなかった?」

「あはは。本名は飛鳥あさひって言って、子供の頃は男の子っぽくて、あたしが間違えて「くん」呼びしちゃった名残なんだ」

「へぇ」

 和佳は適当に誤魔化したが、それで通じたようだ。

「そうだ。ねえねえ、明日夏くんを一緒にお祭り、回らない?」

「えっ?」

 明日夏は戸惑って、思わず聞き返してしまった。

 もっとも戸惑ったのは明日夏だけでなく、和佳の友達の方も同様だった。

「えっと。それじゃ、うちらはうちらで回ってるから。和佳はその子と回ればいいよ」

 その口調は、自分たちの意見を聞かずに明日夏を一緒に誘った和佳に対する不満というより、明らかな怯えの色が目立っていた。

「えっ、でも……」

「あはは。別にいいって。うちらとはいつでも遊べるんだし。せっかくだから、その子たちと回りなよ」

「うんうん。そうだよ。また後で連絡するからー」

 そう言って、彼女たちはそそくさと明日夏たちから離れていった。

 その不自然な様子に、和佳がこくりと首をかしげる。


「え、あれ? どうしたんだろ、二人とも」

「そりゃ、後ろが……ねぇ?」

 明日夏は申し訳なさげにため息をついた。

 明日夏の周りには、明らかに浮いた男子高校生の集団が付いているのだ。普通の女子だったら、気後れするに決まっている。

 今まで気づいていなかったのか。明日夏の反応で、和佳もようやく彼らの集団に気づいたかのように聞いてくる。

「えーと。お友達?」

「うん。まぁ……」

「んー、そっか。せっかく浴衣可愛い明日夏くんと会えたし、一緒に回れればって思ったんだけどなぁ。かりんちゃんたちも先に行っちゃったし」

 とはいえ、さすがにこの集団の相手は出来ないだろう。

 けれど意外なところから援護射撃が起こった。それは当の集団からだった。


「い、いえ。ぜんぜんお気遣い無く!」

「はいっ。俺たちは構わないので、どうぞお二人で――」

「……なぜに、敬語?」

 明日夏に対しては男という設定だから、普通に絡んでくるけれど、本物の女子高生である和佳には、やや遠慮があるようだ。

「え? でも、いいの?」

「はい! 俺らはお二人が楽しんでいる姿をそっと見守るだけで十分ですのでっ」

「出来れば、手をつないだりして、百合百合な雰囲気を演出してくれると、なお嬉しいです!」

「……そういうことか」

 明日夏は冷たい視線を彼らに向けた。

 だが和佳は、男どものゲスな内心など気にせず、素直に額面通り受け取ってくれたようだ。

「本当? じゃあ明日夏くん、一緒にお祭り回ろう」

「えっ、ちょっと」

 和佳はぱっと明日夏の手を握ると、戸惑う明日夏を引っ張るように祭り会場へと向かった。



 というわけで、男どもに付き合わされていただけの七夕祭りは、一転して和佳と二人きりで回れることになった。――まぁ後ろに男子の監視があるけど。

 それと残念なことがもう一つ。


「ねぇねぇ、明日夏くん。チーズドック、美味しそうだよ」

「う……うん。ぼくは、いいかな」

 ついさっきまで男子たちから餌付けされていたため、お腹がいっぱいでそれほど食べることができないのだ。無念。

「もしかして明日夏くん、ダイエットしてる?」

「う、うん。まぁ」

「偉い! もうちゃんと女の子だねっ。じゃあこれはあたしが食べるね」

「……食べるんだ」

 和佳は体型を気にしたりはしないんだろうか、なんて明日夏が思っていたら、和佳が顔を上げて言った。

「あ、あれが武西高校の飾りじゃない?」

「うん。そうだね。ぼくは手伝わなかったけど、なかなかのものでしょ」

 無難に彦星と乙姫の飾りだ。七夕飾りは近所の自治会や商工会、企業などが参加しているけれど、その中に混ざってもそこそこの出来ではないかと思う。

 だが和佳はどことなく残念そうな顔をして言った。

「男の子たちが組んずほぐれずしている飾りじゃないんだね」

「……ウチの高校、って言うか男子校って、そういうイメージなの?」

 とまぁそんなこんなだけど、歩きながら和佳と回れるだけで、明日夏は楽しんでいた。

「せっかくだし、和佳も浴衣着てくればよかったのに」

「んーっ。浴衣持っていないんだ。別にいいかなぁーって思ってたんだけど、明日夏くんを見ていたらすごく着たくなっちゃった。ねぇ、今度買いに行きたいから、明日夏くんも付き合ってよ」

「うん。もちろん!」

 そう答えながら、明日夏は適当だった浴衣の知識や着付けもしっかり勉強しようと決心した。


 なんて考えていると、和佳が珍しく遠慮がちに口にした。

「ところで……ひとつ聞きたいんだけど」

「うん。なに?」

 和佳が少し頬を赤らめつつも、興味津々といった様子で聞いてきた。

「――浴衣の下に下着着けない、って本当?」

「……」

 なんとなーく、下心ありそうな視線で明日夏の身体を見つめてくる和佳を見て、この質問は普通に女子同士で質問してもいいのかな、と思う明日夏であった。



 こうして濃ゆい七夕祭りは無事終わった。

 明日夏としてはむさい男を相手にせず、和佳と回れて満足だったし、男どももそんな二人を影(?)で見つめて満足だったようだ。

 ただそれに味を占めて、校内に百合カップルを実現させるべく、明日夏とは別に新たな女装男子を作ろうという動きに関しては、勘弁してほしかったけど。





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