第18話 即売会でコスプレ売り子体験


「さて……なぜ明日夏君。なぜ君がここに呼ばれたか、分かっていますよね?」

「ううん。全然」

 放課後の生徒会室。

 明日夏は生徒会長の英治と対峙していた。

「そうですよね。何も言っていませんから」

「言いたかっただけっ?」

 さっきの雰囲気は何だったんだと、ツッコミを入れた。


「ははは。まぁ俺もいるってことで、何となく想像つかない?」

 そう言って笑うのは、副会長の海斗である。

 このコンビがいると言うことは……

「もしかして、また部活関係?」

「せいかーい。今回は漫研の手伝いをしてもらいまーす」

「無理。ぼく絵はぜんぜん駄目だし」

「心配いりません。明日夏君はただ立っていればいいのです」

「へっ、どういうこと? もしかしてモデルさせられるんじゃないよね」

「いえ、モデルのほうはすでに美術部から依頼が来ていますが今回は別で……」

 さらりと面倒そうなことを告げられた気がしたけれど、明日夏がそれについて問いただす前に、生徒会室に誰かが入ってきた。

 一樹(一応書記である)かなぁと思ったけど、違った。

 長い髪の毛に無造作に巻かれたバンダナ。黒縁眼鏡。いかにもな漫研スタイルな男子生徒であった。

 彼はまっすぐに英治の元に歩み寄ると、一冊の薄い本をそっと英治に手渡した。海斗もその本をのぞき込んで、英治と二人して顔をあわせた。


「いいじゃね。これなら……」

「ええ。問題ないですね」

「えっ、何なに?」

 流れ的に漫画だと思った明日夏も興味を引かれてのぞき込んだ。

 真っ先に目に入ったのは、裸の女の子のおっぱいと……


「――って、これ、十八歳未満は見ちゃいけない奴っ!」

「心配いりません。当日までには修正をかけて、R15まで落とさせますから」

 英治の言葉に漫研部員さんがうなずいた。

「そういう問題かなぁ……ていうか、当日って?」

「ああ。今度の日曜日、近所の多目的ホールで、そこそこの規模の同人誌即売会が行われるんだ」

「はい。年二回ビックサイトで行われるアレに比べれば小さいものではありますが、それでもそれなりの規模、知名度があります。そこで武西高校漫研部の本が完売となれば、漫研部としても、かなり箔が付きます」

「箔をつけるのならふつうに新人賞に応募すればいいと思うけど……。それより即売会ってことはもしかして、ぼくは……」

 テレビのニュースでも、年二回ビックサイトで行われている即売会の様子はよく放送される。

 その知識が、明日夏にいやな予感を抱かせた。

「ええ。明日夏君にはコスプレをして、売り子をしてもらいます」

「かえる」

 明日夏はくるりと振り返って扉の元に向かう。


 すると逆に扉が開いて、今度は一樹が姿を見せた。

 彼はなぜか服のような物を持っていて、笑顔をみせていた。

「待たせたな! 明日夏のコスプレ用衣装が完成したぞっ」

「無駄に器用だしっ!」

 明日夏は思わず反射的にツッコミを入れてしまう。

 結果的にそのせいで逃げるタイミングを逸してしまい、生徒会室の一同とそれを見る羽目になってしまった。


「……何これ、ほとんどただの布じゃん?」

「ああ。いちおうそういう衣装だからな」

「良いですね。今回の新作同人誌に合わせてきましたね」

「うむ。良い出来でござる」

 英治たちの会話を聞きながら明日夏はもう一度それを見る。なるほど。よく見ると確かに、某国民的RPGⅢの賢者の衣装だった。ゲーム自体は世代じゃないけれど、何かと有名なのでそれなりに明日夏も知っている。ちなみにさっきの薄い本の題材もそれだった。

「えー、これを着るのー? ていうかちっちゃくない?」

「大丈夫だ。明日夏のスリーサイズはすべて把握しているから、ばっちりだぜいっ!」

「怖いよっ」

 明日夏はさすがに引いた。

「ですが、マントとワンピースとティアラだけでは不十分ですね。このイラストを見てください。ブーツや手首のアクセも必要でしょう」

「あ、なるほど。よしっ。それも作ってくるぜぃ」

「拙者もお手伝いさせていただくでござる」

 一樹と漫研部員は、衣装一式を持って生徒会室を飛び出した。

 明日夏は幼なじみの意外な特技を初めて知った。知りたくなかったけど。

 とりあえず今すぐ試着させられる流れは回避できたけれど、この調子だと逆にぶっつけ本番っぽくて、それはそれで不安である。

 と、なんだかんだで、無意識のうちにコスプレをするつもりになっている明日夏であった。

 最近、あきらめの境地に達してきたのである。


「どうでもいいけどさ……」

 一樹と漫研部員が去って静かになった生徒会室で、海斗が何気なくつぶやいた。

「コスプレじゃなくて、コスチュームプレイというと、なんか卑猥だよな?」

「本当にどうでもいいっ!」

 美少年なだけに、質が悪い。

「それにしても、なんか漫研だけ、力を入れてない?」

 明日夏の部活動協力は前にもさせられたけれど、そのとき英治たちはほとんどノータッチだった。今回は、二人の力の入れ込みようが違う気がする。

 すると海斗と英治は顔を見合わせるようにして、明日夏に言った。

「卑猥な人妻に、現実にはあり得ないほどのたわわな乳」

「JSにあれこれしても無問題」

「「二次元って理想的だと思うわけ(です)よ」」


「――って、思いっきり私利私欲じゃんっ!」

 


  ☆☆☆



 結局私利私欲だろうと何だろうと、学校のお墨付きがついている部活動協力を断ることができず、そしてついに即売会の当日を迎えてしまった。


「……なんか、すごくたくさんの人がいるんだけど」

「そうですか? これはまだ出展側の人だけですよ」

「うえぇぇ。マジで……」

 即売会の舞台となる市のイベントホールには、一般的な公共施設では普段感じられないような熱気が広がっていた。

「それで、ぼくは何をすればいいの?」

「準備は俺たちでやるから、明日夏は先にそれに着替えてきてくれ」

 海斗が明日夏の持つ荷物を見ていった。一樹から渡されたコスプレ衣装だ。ちなみにその一樹は、別の用があるといって、どこかに行ってしまった。


 ここまで来て抵抗するのも馬鹿馬鹿しいので、明日夏は素直に、サークルスペースを準備する漫研&生徒会一同をしり目に、コスプレ衣装一式を持って更衣室へと向かう。

「えーと。入るのはやっぱり女性用の方なんだよね……」

 今は女子だし、着ている服も学校の制服だし、これから着替える予定の姿も女性用なので当たり前と言ったら当たり前なのだけれど。


「うゎぁっ……」

 普段一人で着替えている明日夏にとって、周りが着替え中の女子だらけの状態は初めてだった。バイトのときも運よく一人で着替えられたのに。

 個々の仕切りもなく、広い部屋には化粧の匂いが漂い、あたりには肌色が広がっていた。明日夏(男)に見られているというのに、気にした様子もなく、皆が黙々と着替えをしている。

 たいていの人はタオルや何やらで隠しながら着替えているけど、中には本当に裸になっている人もいて、明日夏は慌てて視線を逸らした。男子高校生の欲望より、申し訳ないという良心の方が勝った。


「ていうか、ぼくも早く着替えないと……」

 明日夏も早くここから抜け出すため、荷物を置く。中を漁ってマントがあったので、それを体に巻き付けるようにして隠しながら、着替えようとする。けどやり難かったので途中からは、勢いで一気に着替えた。

 肩が露出する衣装だから、肩ひもなしのブラも一緒に入っていたんだけど、ひっぱりだったのが怖い。サイズ情報はどこから漏れているのか。おそらく茜が一樹に知らせているんだろうけど。

 とにかくそんなこんなで着替えを終え、最後に青色のウイッグを付けて終了。

 手鏡なんて女子らしいアイテムを持ってきていなかったので、いまいちどんな風になったのか実感がわかなかったけど、明日夏はささっと荷物をまとめ、逃げるように女子更衣室を出た。



 更衣室を出ると、各ブースの準備ができていて、会場の雰囲気が変わっていた。そして武西高校漫研部のブースにも、例の薄い本が山積みになっていた。

「お待たせー」

「おお。誰かと思ったら明日夏君ですか。普通に女性のコスプレかと思いましたよ」

 英治が驚いた反応を見せる。

「なんてゆーか、もうプロレベルだよなぁ。明日夏の女装。てか、これなら、会場でも普通に女で通した方がいいかな」

「あ、その方が助かるかも。この格好だし、女子更衣室使っちゃったから」

 海斗の言葉に、明日夏はそう答えた。男が女子賢者のコスプレしているというややこしい設定を作って変に注目されるよりは、女性として扱われる方がいい。

 何の迷いもなく女子更衣室で着替えてしまったけれど、いちおう彼らの前では男という設定なのだ。女子に囲まれていてすっかり忘れていた。

「ええっ。じゃあ……せ、先輩は女子更衣室で女の人の裸を……」

「秋津……すげぇな、おい」

 二人の会話を聞いた漫研部の面々が、おののきの反応をする。

 漫研部の反応に、明日夏はさすがに不自然でやばかったかなと思った。

 だがそれに対し、英治たちがさらりと何事もなかったかのように言う。

「別にいいのでは? 女性も明日夏君なら気にしないでしょう」

「そうそう。別に見たところで何があるわけでもないし」

 漫研部員たちから、おーっと小さな声が上がる。

 知的インテリ(風)と、イケメン(見た目)がこう言うと、女性に困ったことのない男たちの余裕っぽく感じられて、格好よく見えたのだろう。

 だが明日夏は知っている。ただ単に、彼ら二人の理想がここの更衣室には存在しないからだとということを。もし仮に人妻が集まりそうなパーティー会場、もしくは小学校の女子更衣室だったら、英治や海斗から何を言われるかわからない。


「あれ? そういえば、一樹は?」

「彼でしたらちょっと前に荷物を持って帰ってきて、設営の準備を完成させた後、また用があるからと奥の方へと行きましたよ。戻ってくるとは言っていましたが」

「……まさか。買う側になるつもりかなぁ」

 なんてことを話していると、館内放送が流れ、即売会の開始が告げられた。

 同時に、どどどという音とともに、人々が文字通りなだれ込んできた。

「うえぇぇ。あ、あんなに人がいたの……っ」

「さぁ、やりますよ。完売目指して頑張りましょうっ」

「おおぉーっ」

 運動部の試合開始前のノリで気合を入れ、即売会が始まった。



 大手サークルにはとても及ばないが、それでも明日夏たちのブースの前にもそれなりの客がやってきた。

 まったくこういう経験のない明日夏はどうすればいいか戸惑っていたが、それ以外のメンバーはなぜか慣れた手つきで客を捌いていた。

 明日夏の役割はブースの前に同人誌を持って立っているだけ。それでも客たちの反応からすると、かなり客をブースに呼び込むことに成功しているようだ。

 明日夏のコスプレを見て、中にはすけべぇな視線を向けてくる輩もいたけれど、そんなことは男子校でしょっちゅう受けているので、もう慣れた。男子どもを慣れさせるための施策だったはずだが、逆に明日夏の方も慣れていた。

 それにしても、手に持っている同人誌の中で、○○される(いちおうR15)キャラの格好をしていると、まるで自分がそうされているみたいで、非常に複雑だった。何このプレイ?


 ちなみにこういうの着て立っているとカメラで撮影されちゃうんじゃないかって思っていたけれど、この辺りは撮影禁止みたいで、そのようなことはなかった。

 なんだかこういうところに来る人たちって、無法者なイメージだったけれど、うちの男子校の馬鹿どもよりもずっと礼儀正しいんじゃないかなと思う明日夏であった。




 客足がひと段落したところで休憩になった。

 明日夏はふぅっと息を吐いて気を緩めたけれど、コスプレ姿は変わらないので、周りから受ける視線も特に変わらず、あまり気が楽にはならなかった。

 とりあえず今のうちに、と明日夏はトイレへと向かう。

「……ていうか、この格好で来ちゃったけど……でもいちいち着替えるのは面倒だし……」

 でもでっかな杖とマントは置いてきても良かったかも、と後悔しつつも、汚さないよう注意しながら、当たり前のように女子トイレへと入る。女子更衣室はともかく、他の女性が使用している女子トイレは日常の外出時にも利用しているので、耐性はある。個室に入っちゃえば同じだし。

 というわけで問題なく用を足してトイレから出た明日夏は、せっかくなのでそのままブースに戻らず、会場内を適当に散策してみた。

 すると突然、大人しそうな男性から声をかけられた。


「あのー。写真お願いできますか」

「えっ、しゃ、写真っ? えっと、それは……」

 周りを見ると、他にもコスプレした人がいて、写真撮影が行われていた。どうやらこの辺りは撮影OKな場所みたいだ。

 カメラを構えられ明日夏は戸惑ってしまう。

 けれど男性はそんな明日夏の様子を見ると、強く言うこともなく、むしろ申し訳なさそうに頭を下げた。

「いえ。失礼しました」

 もっと食いついてくるかと思ったら意外にも紳士的な態度に、明日夏は拍子抜けしてしまった。むしろ逆に何か悪い気になってしまい、つい言ってしまった。

「あの。少しくらいでしたら、いいですよ」

「本当ですか? ありがとうございますっ」

 恐縮なくらい頭を下げられ、ぱしゃりと一枚写真を撮られた。

 前に学校案内でも写真を撮られたことがあるので、それを思い出した明日夏はすっかりモデル気取りで、色々なポーズを取ってみせた。せっかくなのでバイトで鍛えた営業スマイルも浮かべてみた。

 けどそれが逆に周りの人の目を引いてしまったようで、他にもカメラを持った人が集まって来てしまった。

 みんな礼儀正しく、一列で待たれてしまって断りにくく、どうしようかと思っていると、向こうから聞きなれた声が、明日夏のことを呼んだ。

 一樹の声だった。

「よぉ。明日夏、待たせたなっ。お、似合ってるぞ、その恰好」

「一樹っ。……って、何その恰好っ?」

 現れた一樹は、この会場に来たときとは全く違う、コスプレをしていたのだ。

「何って、賢者ときたら、勇者に決まってるだろ」

「おおぉーっ」

 カメラを持っている人たちが、明日夏と一樹のツーショットに盛り上がりを見せる。

「はっはっは。明日夏とのツーショットを取るため、ひそかにこっちも作っておいたのさ。さぁほら、カメラはあっちだぞ」

「はぁ……もぉ……」

 明日夏は大きくため息をついて視線をカメラの方へと向けた。

 結局一樹の乱入は何の助けにもならなかったけど、それでも一人で撮られるよりは気分的には楽だった。

 ちなみに当たり前だけれど、勇者(一樹)との必要以上に過激な絡みの要求は、全力で拒否した。



  ☆☆☆



「はぁ。何だかすごく疲れたぁ……」

「お疲れ様です。おかげで無事完売しました。これで武西高校の漫研部も格が上がることでしょう」

「そりゃよかったねー」

 明日夏は力なく相槌を打った。

 あの撮影会のときにもちゃっかり本の宣伝したおかげか、用意した薄い本は無事完売となった。そこで後片付けは漫研部に任せて、明日夏たちは帰りの客で混む前に、早目に撤収したのだ。

 もちろんコスプレ衣装は着替え、来た時の制服姿(男装は面倒くさいし、女の子の私服を英治たちに見られると変に思われそうなので)である。ちなみに、学校の制服姿でこういう会場に来るのはあまり良くないと後から言われたけれど、そこは注意だけで済んだ。

 海斗は会場に残った。何でも「悟り本」を探してくるとか。今回の賢者コスプレ繋がりだろうか。


「それにしても、何だかんだで明日夏も撮影に乗り気だったじゃんか」

 一樹が笑う。

「うん。まぁ多少はね」

 通常の状態で写真をせがまれたら困惑するけれど、今回は見られることを前提としたコスプレ衣装だったので、そこまで抵抗は強くなかった。

「それに、写真撮る人たちも、意外とまじめで礼儀正しかったし」

 行きすぎた要求もなく、ある意味プロであった。

 その点では、毎回暴走している男子校の連中とは大違いである。

「うん。そうだよ。ああいう風に、ちゃんとお願いすればいいんだよ」

「なるほど。そうですね。学校の生徒たちにもそれを徹底させましょうか」

 うんうんとうなずいている明日夏を見て、英治はそう言った。




 というわけで、さっそく翌日。

「写真――」

「撮ってもいいですか?」

 英治が生徒会として話を付けてくれたのか、噂を聞きつけた高田と馬場がカメラを持って、しっかりとお願いしてきた。

「そうそう。ちゃんとお願いして許可を取るのが大事なんだよ」

「というわけで――」

 明日夏の言葉に、二人はうなずくと、同時にお願いをした。


「「パンツ見せてくださいっ」」

「ちがーうっ!!」





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