第19話 あさひと一樹と和佳でトリプルデート?

「……どうしてこうなった」

 とある休日。駅前にお洒落をした格好で立ちつくしながら、明日夏は死んだ瞳で自問自答していた。

 いつか和佳と買い物に行ってコーディネートしてもらったキャミソールと、スカートの姿である。

 可愛い女の子が一人でそんなところに立っていたら、ナンパでもされそうなところだが、その瞳のおかげで誰も話しかけてくることはなかった。

「よぉ。明日夏、わりぃ、ちょっと慣れないことして遅れた」

「そのままこなくてよかったのに」

「何言ってるんだよ。何てったって、野方公認のデートなんだからな」



  ☆☆☆



 それは数日前。

 いつものように一樹と二人で学校から帰る途中のことだった。

 二人で歩く姿を、和佳に目撃されてしまったのだ。

 向こうは女子高に通っているとはいえ、今でも幼なじみとして二人の家の近所に住んでいるのだから、その可能性はあったのだけれど、最近は女子生徒の制服を着て街を歩くのが普通になってきて、すっかり油断していた。


「あ、一樹くん、今帰りだったんだ」

「よぉ、和佳。そっちも帰りか?」

「うん。……あれ、その女の子は……」

 不意打ちだったため、明日夏は完全に隠れるタイミングを逸してしまった。

 だがさすがの和佳も、「秋津くん」が女装しているなんて可能性が思い浮かばなかったのか、別のことを言ったのだ。

「もしかして、あさひちゃん?」

 そう。制服姿の明日夏を、明日夏のいとこ(という設定)のあさひとして認識してくれたのだ。

 明日夏はちらりと一樹に目をやる。彼にしては珍しく気を利かせてくれているようで、特に口を開かず、明日夏の反応を待っている。

 明日夏は、必死に脳内CPUをフル回転させた。

 明日夏として、女装して学校に通っていることを正直に告白するべきか。

 それとも、あさひとして演じるべきか。

 しばらく考えて、明日夏は後者を選択した。


「え、ええ。そうです。和佳さん、お久しぶりですっ」

「あ、やっぱりそうだ。久しぶりー」

「えっと。明日夏くんの家にお邪魔しようとこっちに向かっていたら、偶然入間くんと出会って……あ、いちおう顔見知りだったから、その……っ」

「あ、ああ。まぁ、そんなところ」

 しどろもどろに説明する明日夏と、いきなりの展開でやや挙動不審の一樹。

 そんな二人を見た和佳がなぜか、にんまりとした笑顔を浮かべた。

「へぇ。そうなんだぁぁ。そっかー、あさひちゃんと一樹くんって。ふぅん」

 和佳のニヤニヤした笑みに、明日夏は顔をひきつらせた。

 え、これまさか、勘違いしていない? あさひ(明日夏)と一樹の関係を。

 普段明日夏の好意にまったく気づかないくらい恋愛事に鈍いのに、どうして今日に限って鋭いのか……。いや、思いっきり間違っているのだから、別に鋭くもなんともないか。むしろ、和佳らしい平常運転と言える。

 不安になっている明日夏の表情を見てやはり勘違いしたのか、和佳は明日夏(あさひ)に「任せて」って感じの目配せを送り、なぜか自信ありげに笑って、一樹に話しかけたのだった。

「ねぇ、一樹くん。今度の週末、あさひちゃんと三人で、どこかに遊びに行かない?」



  ☆☆☆



「まぁせめてもの救いは、和佳も一緒って、ことだけど」

 救いというより、普通にうれしい。だからこそ、何かと理由を付けて断らなかったのだ。とはいっても和佳は、あさひと一樹をくっつけようと画策してくるだろうけど。

 ちなみにその和佳はまだ姿を見せていない。まさかドタキャンだろうかと思い始めたときだった。

 明日夏が肩から掛けているポシェットの中から、ピロンという音がした。


「ん、明日夏の携帯か?」

「あれ……んーと、今日は『あさひ』という設定だから、あさひ用のスマホをスカートのポケットに入れているんだけど、ぼくの携帯も一応バッグの奥にしまっておいたから、たぶんそっちだろうかな……」

 少し迷ったが、まだ和佳も来ていないので、明日夏はさっと明日夏携帯を取り出して目を通す。

 するとそこには和佳からのメッセージが届いていた。


『3分後、私の携帯に電話して』


「……なんだこれ?」

「さ、さぁ」

 一樹にのぞき込まれ、明日夏も首をひねっていたが、とりあえず「了解」と返した。

 それからほとんど間もなくして、遠くから和佳の声がした。明日夏は慌てて明日夏用の携帯をカバンの奥にしまう。

「ごめんごめん。遅れちゃったー」

 ぱたぱたと手を振りながら、向こうから和佳が走ってきた。

 ここ最近会ったときの服装とは違って、色気もあまりないシャツとパンツ姿だ。もしかすると主役であるあさひとの対比を目立たさせるためだろうか。

 まぁどんな服を着ていても、和佳はかわいいんだけど。

「さぁ。それじゃ三人で遊びに行こうかー」

 和佳がどこか演技っぽい口調で言った。それを聞いて明日夏は何となく彼女の狙いに気づいてしまった。

 明日夏はそっと時間を確認する。さっき和佳から届いたメッセージが、正確に何分前に届いたかは分からない。けれど、おそらく三分なんてあっという間だ。


「あ、あの。わたし、ちょっとトイレに……」

 明日夏はそう言うと、そそそと和佳と一樹から離れ、近くのコンビニに飛び込み、トイレに入った。

 そしてすかさず「明日夏携帯」を取り出して、和佳に電話を入れる。

 ほとんど間を置かず、和佳が通話に出た。

「あれー。秋津くん? どうしたのー」

「えっ、えっと……」

 電話越しのハイテンションな和佳の声に、明日夏はトイレで戸惑ってしまう。当たり前のように女子トイレに入ったけれど、そこで男役をやるのもどうなんだろうか。

「ごめん。ちょっとだけ話を合わせて」

 なんて感じで明日夏が戸惑っていると、和佳はそう告げて話を続けた。

「あー。うん、そうだね。あ、そうそう、うん、あ、どうしようかな。でも、うんうん。分かるよー。そうだよねっ」

 妙なテンションでまくし立てる和佳。何を言っているかは意味不明である。おそらく目の前にいる一樹に聞かせるように話しているんだろうけど、これじゃ話の合わせようがないんだけど。

 結局、明日夏が一言も話せないまま、電話は切れた。

 明日夏は大きく息を吐くと、明日夏携帯をしっかりバッグの奥にしまってトイレから出て、二人の元へと戻った。

 すると、一樹と話していた和佳が、明日夏(あさひ)を見て申し訳なさそうに告げた。

「あ。ごめん、あさひちゃん。ちょっと急な用事ができちゃって、一緒に行けなくなっちゃった。だから遊びには一樹くんと二人で行ってね」

「え、あ、はい。分かりました……」

「ごめんね。それじゃ! がんばってねっ」

 和佳はぜんぜん申し訳なさそうな様子もなく、いい笑顔で言うと、ぴゅっとその場を去っていった。……いったい、何を頑張れというのか。

「あー。なるほど。そういうねらいだったのか」

 一樹がいまさら気づいた様子で、ぽりぽりと頬をかいた。

 その横で明日夏がため息をついていると、またカバンの中の方の携帯が鳴った。和佳からのメッセージだ。

 

「さっきは電話ありがとう。助かりました。それでもし暇だったら、どこか一緒に遊びに出かけない? 今、駅前にいるんだけど」


 という旨が書かれていた。

「ううっ……すごく行きたいんだけど」

 明日夏は涙目でその画面を一樹に見せた。

「あきらめろ。その姿じゃ、さすがに無理だろ」

「うう……そうだよね……」

 結局明日夏は、用事があるから行けないと言う返信を送った。もちろん全身全霊を使って、「行きたかったけど」という思いを込めたつもりだ。和佳に伝わったか分からないけど。

「――というわけで、ぼくは傷心でショックなので、もう帰ってもいい?」

「いや。それは無理だな。ほら、そっと向こうを見ろ」

 一樹にそう言われ、明日夏はこっそりと一樹が示す場所に目をやった。

 そこにはぜんぜん隠れきれていないけれど、明らかに尾行する気が満ちあふれている和佳の姿があった。用事を作れなかったので、明日夏(あさひ)たちの様子を探ることにしたのだろう。もしかすると、明日夏が来ても、結局二人で同じように一樹とあさひたちを尾行することになったのかもしれない。

「はぁぁ。どうしよう?」

「いちいち見られているのも面倒だから、上手く捲くぞ」

 一樹はそう言うと明日夏を連れて駅の改札を通った。

 少し離れて、予想通り和佳も後を付いてくる。

 登り方面のホームに立って電車を待つ。しばらくして、反対側の下り方面のホームに、特急が入ってきた。特別券が必要な電車だ。

 普通に駅のホームに入った明日夏たちでは乗車できないはずだが、一樹は明日夏を連れてさりげなくその列車に近づくと、出発直前になって、それに飛び乗った。

 和佳がそれに気づいたときには、もう扉は閉まっており、列車は動き出していた。



  ☆☆☆



「よし。これで大丈夫だな」

「えっと。特急券は?」

「心配するな。さっきスマホで購入済みだ」

「へぇぇ。そんなこともできるんだ」

 明日夏は素直に感心した。

 一樹は、一見するとただのバカのようだけど、運動ができたり手先が起用だったりこっそりバイトしていたりと、優れた面を持っているようだ。

 購入した席に並んで座る。下り列車なのでどんどん自然が多くなってきている。

 外の景色を眺めながら明日夏が尋ねる。


「この電車ってどこまで行くの?」

「終点の山奥までだな。何もないところだし、どこかで食事をとってから、そのまま折り返してとっとと帰るか。そのころには和佳もいないだろうし」

 そう答える一樹に、明日夏は何となく違和感を覚えた。早く帰りたいような様子だ。

「……なんかあまり乗り気じゃないみたいだけど」

「そりゃな。明日夏じゃなくて、「あさひ」と一緒っていう設定だからな」

「別にそれはもういいんじゃない? 和佳もいないんだし」

「ん? あ、そっか。てことは明日夏と二人きりのデートってことじゃんっ!」

 いつもの調子に戻った。

 そのことに若干引きつつも、明日夏は苦笑する。こっちのほうがいつも通りなので気が楽ではあるけれど。

 そんな一樹を前にして、明日夏は前々から聞いてみたいことを尋ねてみた。


「ねぇ、まじめに聞きたいんだけどさ。一樹は今の女の子なぼくのことを、どう思ってるの?」

「マジレスしていいのか?」

「えっと……」

 いつものノリとは違う真面目な口調に、明日夏はちょっと戸惑う。

 だが一樹はすぐに笑うと、いつもの調子で語りだした。

「まぁ正直に言うと、戸惑ってるってとこだな」

「戸惑ってる?」

「そりゃ、いつも一緒に馬鹿やってた親友が急に女になったら、誰だって戸惑うのが普通だろ」

「あ、そっか。そうだよね」

 自分自身も順応性が高いと思っているけれど、一樹もすぐに女の明日夏を受け入れてくれた。だから完全に納得したんだと思ったけれど、そうでもないようだ。

 確かに逆の立場で、明日夏はそのままで、一樹が美少女になっちゃったら、そりゃ混乱するだろう。和佳もいるのに。これじゃ三角関係だ。――って一樹とそういう関係になるつもりはないし。

「もちろん、今の明日夏は、女なのは身体だけで、中身は男の明日夏のままだってことは理解しているから、何かしようって気持ちはないけれど、実際は女子そのものだし。んで、変な空気にならないよう、あえて今まで通り馬鹿やってるってわけさ」

「へぇぇ。そんなこと考えていたんだ。ちょっと意外。でも多少は素でやっている部分もあるよね?」

「そりゃまぁ、9割くらいは素だけどさ」

「ほとんどじゃん!」

 明日夏は反射的にツッコミを入れた。少しでも感心してしまった自分が馬鹿みたいだ。

「あー、もーっ。だからダメだって。そもそもこの姿は、あくまで学校が共学になるまでの期間限定なんだからねっ」

「あ、あぁ……そうだな」

 明日夏がそういうと、一樹が少し戸惑ったような声を上げた。

 そのちょっと意外な反応に、明日夏もきょとんとした。

 だが一樹はすぐにいつもの調子で言ってきた。

「でもさ。せっかく女の子になっているんだから、少しはいちゃいちゃして見せても、減らないと思うぞ」

「減るから! ぼく的にいろいろな何かがっ!」

 明日夏はため息をついた。

 結局、明日夏が明日夏のままであるように。一樹も一樹のままだということでいいのだろうか。まぁ期間限定だし、こうやって馬鹿話をするくらいならいいかなと思う明日夏であった。



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