第35話 デート(仮)×2
「さて。お待ちしていました。やはり、普通に女子の格好なのですね」
「ま、まぁ。デートって設定だし」
明日夏はぷいと顔を背けた。わざわざ女子の格好をしたのではなく、女子そのものなのだが。
テスト明けの休日。
約束通り明日夏は英治との一日デートに付き合わされることになった。
待ち合わせ場所は、英治が住んでいる町の最寄り駅。いちおう特急が止まるような明日夏の家の最寄り駅と違って、こちらは閑静な住宅街にある、住民の足になっているような駅だ。
遊びに行けるような施設はあまり見られないけれど。ただ人気が少ないので、クラスメイトの馬鹿どもが付けてきても、すぐ分かるのは有難い。もっとも来る間も注意して見ていたけれど、付けられている感じではなかった。
なのでとりあえずは、英治とのデート(仮)を無事終えるのが最優先である。
「で、どこに行くの」
「ふ。世の中は何かと殺伐としていましてね。男一人でいると不審に思われることが多いのですよ。しかしながら、隣に女性がいると言うだけで、それを相殺できるのです」
「なるほど。そういうことねー」
巨乳熟女好きの英治にとって、明日夏は守備範囲外。そのことを明日夏も知っていたので、自分とデートなんて関係ないと思っていたけど、そういう狙いがあったのだ。
というわけで。
英治に連れられやってきたのは、団地の真ん中にある公園だった。休日の昼下がりということもあって、遊んでいる子供の姿。そして英治お目当ての団地妻の姿もちらほらと見られた。
「とりあえず、ベンチに座りましょうか」
「うん」
二人して並んでベンチに腰掛ける。
周りから見れば、カップルに見えるのだろうか。そもそも普通の高校生のカップルが、児童公園にやってくることは滅多にないだろうけど。
そんなことを考えながら、明日夏はぼんやりと公園内を見渡す。
奥様方は談笑して、幼児たちは勝手に敷地内を走り回っている。
「どうせだったら、海斗を連れてくれば良かったんじゃない?」
幼女好きの彼なら、どっちも楽しめて一石二鳥だ。
「彼と二人きりだと、別の意味で注目されますので」
「あー。そうね」
男子高校生二人が並んでベンチに腰掛けていたら、普通のカップルよりも目立ちそうだ。きっと奥様方から、興味本位の視線にはさらされるだろう。
「しかし、なかなかストライクな女性はいませんね。もう一回り歳が上で、豊満な乳と腰つきの。もちろん既婚女性という条件を加えて」
「……そんな人、漫画の中しかいないんじゃないの?」
明日夏があきれた様子で言う。
すると、意外にも英治は「そうですね」と同意した。そして明日夏の方を見て、ふと天気の話題でもするかのようにさらりと言った。
「でしたら、ぜひ明日夏くんにそれを実現できる方法を伝授願いたいですね」
「へ、何で、ぼくに……」
と問いかけた明日夏の胸に、英治が手を伸ばして、ふにっと触れた。
明日夏は慌てて英治の手を振り払った。
何の前触れもない行為に、油断して防げなかった。
「――えっ、ちょ、ちょっと! 何して……?」
「やはり、本物ですね」
「えっ……」
「ふっふっふ。この感触、ほかの誰かは騙せても、乳マニアのこの私は騙せませんよ」
「って。英治は本物を触ったことがあるわけ?」
「そりゃありますよ。残念ながら私が求める人妻でも、至高の乳でもありませんでしたが」
「へぇぇ。そうなんだ……」
確かに高校二年だし、経験していてもおかしくないけれど……急に英治が大人びて見えた。メガネのくせに。
「そんなことより、話題をそらそうとしてもダメですよ」
「うっ」
「仮に本格趣向で豊胸手術をしたとしても、この間男子の姿もしていたことに関して説明ができません。つまり明日夏君は、自由に男の姿、女の姿へと変わられる。それこそ『漫画の中』の世界ですよ」
「ううっ……」
どうやら誤魔化せそうになかった。おそらく英治は、普段から明日夏のことを疑っていたのだろう。そもそもまるっきり男の娘と信じている方が、普通は異常だし、実際に間違っているし。
「えーと。自由に男・女に変われる、ってわけじゃないんだけど……」
明日夏はあきらめて、すべてを説明することにした。
☆☆☆
「なるほど。そういうことがあったのですね」
「……驚かないんだね」
「ええ。二次元の世界ではよくある話ですから」
「……ここは二次元じゃないけどね」
明日夏は疲れた口調でツッコミを入れた。理解してくれるのは有難いんだけど、どうもその理由は釈然としない。
「しかし、明日夏く……いや明日夏ちゃんの話ですと、その女性と連絡を取る方法は今のところないと」
「お願い……ちゃん付けはやめて……。まぁ、その女性はどっかをいろいろまわっているって話だけど」
「そうですか。何とか探し出したいですね」
「うん」
「そして今度こそは、明日夏くんをこのような乳臭い残念小娘の姿ではなく、豊満な熟女の魅力を併せ持つ……」
「って、ぼくを英治の好みに変えて、何をするつもりっ?」
明日夏はざざざっと後ずさった。
「そもそも、魔法(?)にも設定があって、同じ人をもう一度別の姿に変えることはできないって言われてるから」
「そうですか。それでは大塚くん辺りを適当に変えてみますか」
「あー。それならいいと思うよ」
明日夏は適当に答えた。
ちなみに大塚くんは、別に元の明日夏のようなショタっ子ではない。本当に適当に言ったのだろう。
「それでは、そろそろ出ますか。帰りはデパ地下にでも寄っていきましょうか」
「何故にデパ地下?」
「ネットで調べたところ、いい感じのマダムが揃っているとのことでした」
「あーなるほど」
確かに、近所のスーパーの「おばさん」よりは、マダムな感じの人が買い物に来ている印象だ。
「じゃあぼく帰るね。デパ地下なら大丈夫でしょ」
「何言ってるんですか。まだ時間はありますから付き合ってもらいますよ。まぁせっかくですし、食べ物もおごりますよ」
「じゃあ行く!」
即答する明日夏。それを見て英治が苦笑いを浮かべた。
「本物の女の子なのですから、太らないように気を付けてくださいね」
「大丈夫。それはウチの茜姉や彩芽にも言われているけど、別にぼくは気にしないし」
「あ、でもあえて太らせて、乳を成長させるというのも悪くないかもしれませんね」
「……やっぱり、控えめにさせていただきます」
明日夏はがっくりとうなだれるのであった。
「ふぁぁ」
一学期の終業式まで、あと数日。
今日ものんびりとした日々を終えた明日夏は、家に帰るでもなく、特に意味もなく、唯一冷房の効いている生徒会室でくつろいでいた。
「なぁ、明日夏」
本来の生徒会室の利用者である、副会長の海斗が話しかけてきた。
「ん、なぁに?」
「今の明日夏って、男で女装しているんじゃなくて、本物の女になったって、本当か?」
「うぐぁっ」
明日夏はそのまま机に突っ伏して、おでこをぶつけた。
「そ、それをどこで……」
「はっはっは。英治に聞いた」
「うううっっ」
明日夏は恨みがましい視線を生徒会長の英治に向ける。
そんな明日夏の視線に、英治はしれっと答えた。
「ああ。私から話しましたよ。計画に協力してもらうため必要なので」
「それより、その身体もう少しどうにかならなかったのか?」
海斗が英治との会話をさえぎって、明日夏の身体を見て言った。
その「どうにか」の意味を悟って、明日夏はむぅっと頬を膨らませる。
「……これ以上子供っぽくなるつもりないから」
ただでさえ、男のときからコンプレックスだったのに。海斗の理想になったら、それこそ小学生に逆戻りだ。
「まさか、本当に女の子かどうか、証拠を見せろ、とは言わないよね?」
「いや別に。毛の生えた体に興味ないし」
相変わらずの幼女趣味っぷりで、明日夏は引いてしまった。
怖いので、実は生えていないことは黙っておく。
「つまりそういうことです。彼なら明日夏くんの秘密を話しても身の安全は保障されますし。もう一つは、夏休み明けの文化祭での協力を仰ぎたかったからです」
「文化祭で? 何するの? まさかまたミスコン……」
「まぁミスコンをやるやらないは置いといて、英治の計画ってのは、スイーツ祭りをしようってこと。大々的に宣伝して、明日夏をその身体にした、謎の女性をおびき出そうって話だ」
「おおーっ」
明日夏は思わず感動して声を上げた。確かに全国のスイーツ店を捜して歩きまわるより、呼び込んだ方が楽だし、効果ありそうだ。
彼らの目的は、明日夏の身体を戻すためではなく、別にあるのは分かっているけれど、これは明日夏にとってもありがたい話だった。
「ただし、副会長としてその案に協力するために、一つだけ明日夏に条件がある」
海斗が重々しい口調で言った。
「何?」
明日夏は少し警戒しつつ聞き返す。
そんな明日夏に向け、海斗はさわやかに笑って告げた。
「英治とも行ったんだろ。一日デート。てことで俺とも頼む。場所は市民プールで」
☆☆☆
というわけで市民プールである。
ウォータースライダーも流れるプールもなく、幼児用の膝ぐらいまでのプールと、ごく普通の長方形のプールがあるだけである。
それでも近所の小学生の姿は見えた。もちろん、これが海斗の狙いなのは考えるまでもなかった。
「……仮に彼女を、こんなところにデートで連れて行ったら、文句言われそうだけど」
「あはは。悪いな。次はまともなデートっぽくしてやるから」
「次、無いし! そもそもデートしたいわけじゃないからっ!」
「それじゃ着替えるか……って、明日夏は、女子更衣室を使うのか?」
「う、うん。そりゃ、まぁ……」
「そっか。本物の女子だもんな。ま、変な目で回りを見て、怪しまれないよう気を付けろよ」
一般の男子なら、女子更衣室に潜入できる明日夏のことをうらやむのが普通だが、海斗の場合は幼女しか興味がないのでその点はスルーされた。
だが一般的に、市民プールを使用するのは大人より子供。それはむしろ海斗にとってはドストライクなわけで。
海斗がそれに気づいて面倒なことを言い出す前に、明日夏は女子更衣室へと逃げ込んだ。
明日夏が着替えを終えて更衣室から出てくると、海斗が詰め寄ってきた。
どうやら、女子更衣室を使用している年齢層に気づいたようだ。
「おい、どうだった? 誰か中にいたか?」
「だれもいなかった」
明日夏は面倒なのでそれだけ答えた。
実際は海斗のドストライクっぽい女の子たちがいたのだが、すぽんと身体を覆うタオルを付けていたので、裸は見えなかった。
むしろいつも更衣室で一人で着替えているため、素っ裸になって着替えることしか知らない明日夏の方が、彼女たちの前で裸になって着替えなくてはならなくて、恥ずかしい思いをした。今度、彩芽に女の子の水着の着替え方も教えてもらおうと決意した。
明日夏の答えに海斗は、がっかりしたようはほっとしたような分かり難い反応を示した後、ようやく明日夏の水着姿に言及した。
「しかし、市民プールでもスク水なのか」
「むしろ市民プールだからじゃない? どっちみち他の水着持ってないし」
「うーむ。やはりスク水はJSまでだな」
「……いちおう『彼女』役のぼくの水着姿を見て、そう言うかなぁ」
可愛いと言われても困るけど、露骨にダメ出しされるのも微妙な心境である。
とはいえ、彼氏彼女っぽく、きゃっきゃうふふするつもりもないので、明日夏はさっさとプールに入った。日差しが暑いし。
水の中は、冷たくて気持ちいい。学校のプールは室内なので外の気温は一定だけれど、ここは屋外のプールなので、よりプールの有難さを感じる。
一方で海斗は、「彼女」をほったらかしで、幼女たち見ている。幸せそうだ。
「まぁぼくとしてものんびりしていればいいだけだから楽だけど」
最近暑い日が続いているので、水に浸かっていれば涼しい。
なんて感じでぷかぷか浮いていると、突然ちょっと年上っぽい男性に声をかけられた。
「ねーねー、彼女」
「……はい?」
「そうそう。君」
これはもしかしてナンパ?
ぱっと見た限り、彼の連れは見当たらない。市民プールに大学生くらいの男が一人で来ているって、海斗といい勝負なくらい怪しい。
「あ、さっきまで監視員してたけど、交代になったんで」
明日夏の心境に気づいたのか、男が説明した。
なるほど。それなら納得だ。
――って、だからといって、ナンパが良いわけじゃないし!
「あー。悪いんだけど、俺のカノジョなんで」
さてどうやって断ろうかと明日夏が悩んでいると、海斗が現れて、さらりと明日夏の肩を抱きながら言った。
自称監視員のバイトの男は、自分と海斗の容姿を比べて諦めてくれたようだ。海斗は何だかんだで、イケメンなのだ。残念だけど。
「はっはっは。まさかナンパされるとはな。大丈夫だったか」
「べつに平気だし。それよりそっちはどうなの」
「ああ」
海斗はきらりと笑っていた。
「いくらカノジョ連れでも。そのカノジョほったらかしでちっちゃい子ばかり見ていたら、さすがに不審がられた」
「そりゃそうだ」
「ところでさっきの奴は何だったんだ?」
「んー。監視員のバイト上がりって言っていたけど」
明日夏がそう説明するやいなや、海斗の瞳が変わった。
「そ・れ・か!」
「……はいはい」
こうして、海斗はさっそくバイトに応募するため、市民プールデートはお開きになった。
明日夏としてはもう少しくらいプールに浸かっていたかったので、ちょっと残念だったけど。
その後。
ちなみに海斗のバイトは、高校生だからと言うことで断られたという。
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